水谷もりひとブログ

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技術の値段

東京にある「髪ing」という理髪店では、技術者のランクによって料金が異なるそうだ。
一番高いのはオーナーの田中トシオさん。
カットの料金は5,000円と、ちょっぴり普通の理髪店と比べると割り高だが、さらに田中トシオさんを指名すると3万5,000円に跳ね上がる。つまり指名料が3万円なのである。
なぜか。田中さんは理容師の世界大会で優勝した技術を持っているからだ。

理容師の世界大会とは、全日本大会で上位になった人だけが挑戦できる大会で、日本からは毎年3人が出場している。
世界大会の部門には三つあり、「アーティステックスタイル」部門、「クラシカルスタイル」部門、そして「ファッション」部門。この三つは個人戦で、そのほかに三人が一チームになって競う団体戦もある。

なんと田中さんはこの個人の3部門の全てで優勝。
さらに団体戦でも日本に優勝旗をもたらした。
一度に4つの金メダルを獲得した伝説の理容師なのである。
こんな人は理髪世界大会史上、後にも先にも田中さんただひとり。

だから田中さんの指名料は3万円。
要は「世界一」の技術料として、田中さんはその値段を設定した。

高いだろうか。
高いと思う人はたぶん指名しない。
でも、やっぱり指名する人はいる。

なぜなら世の中には、空腹を満たすだけで満足できる立ち食いソバ屋やファーストフードの店もあれば、一流のレストランで修行し、その後、素材や調味料、店内の雰囲気、そして接客マナーにこだわりをもった店もある。
同じ食事でも、値段が違って当たり前。

数年前、ホテルオークラの地下にある『米倉』という理髪店に行った。
カット8,000円(現在は9,180円)、シャンプー5,000円(現代は7,020円)。

『米倉』といえば、日本の理髪業を築き上げた米倉近氏のお店である。

その昔、『米倉』に慶応大学の学生がやってきたことがあったそうだ。
まだ高度経済成長期の時代であった。
きっとお金持ちのボンボンなのだろう。
ところが、米倉氏は「ここはお前みたいな人間が来るところじゃない。自分でお金を稼げるようになってから来い」といって追い返したという逸話が残っている。

商売というものは、本来こういうものだ。
一流の技を持った人と出会わないと分からないことだ。