水谷もりひとブログ

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あの日のことがトラウマに?

実をいうと、誰も知らないことですが、僕は球技が得意ではありません。
野球、ソフトボール、サッカー、バレーボール、バスケットなどなど。

中学・高校の体育の時間にやるのはまだいいのですが、問題はクラスマッチのときです。
かっこいいところ丸で無し、です。
やっぱり子ども時代って、球技がうまくないと、女の子にモテないし、そういう自分が自分で情けなくなったりするわけです

球技がダメなのは、子ども時代のトラウマがあるからではないかと自己分析しています。

あれは小学校3年生のとき。
小学1年とか2年までは、かくれんぼとか缶蹴りで遊んでいたわけですが、
3年生のとき、はじめて親からグローブを買ってもらいました。
つまり、遊びのグレートが上がったわけです。
ついに草野球デビューですよ。

それで近所の高千穂神社の境内で小学生が野球をして遊んでいるんですけど、
そこに入れてもらったんです。
だけど、めちゃくちゃ下手なんですね。
バットにボールは当たらないし、フライは取れないし。
途中でこう言われました。

「お前、やめてくれ」って。

ええええーーー!って感じですよね。
それで、新しいグローブを握りしめながら神社の階段を下りていきました。
悲しかった~。

今思うと、あれが球技に対するトラウマになっている気がします。
心理的にボールを打ったり取ったりすることは苦手!としっかり脳に暗示されたのではないかと思うんです。

社会人になったら、別になんてことないんですけどね。
野球をするわけでもないですし。

ところが、そうは問屋が卸しません。
40過ぎて、あの苦手だったグランドに立つ場面が出てきたのです。
息子が小学校時代はソフトボール、中学時代は野球をやっていたので、保護者の父親は土・日の練習試合では塁審をしなければならないのです。
多くの父親はやっぱり子ども時代に野球をやっていた人が多くて、張り切っていました。
好きで好きでたまらない人たちばかりでした。

僕は、と言えば、アウトかセーフか見分けができないようなときってあるじゃないですか。
ランナーがベースを踏むのが早かったか、タッチが早かったか、みたいなシーンです。
そのとき、2塁とか3塁の塁審をやっていると悲劇です。
頭が真っ白になって、どっちか分からないんです。
だから適当に、自信満々で「セーフ」とかいうと、「えー!」という声が聞こえてくるんです。
その瞬間、「うそうそ、アウトです」と言い直すと、また「えー!」とか声が聞こえてくるわけ。
「どっちやねん!」と僕は周りに聞きたいんですけど、それを決めるのは塁審の自分なわけで、真剣に一生懸命プレーをしている子供たちには申し訳なかったです。

息子が中学を卒業したことより、野球部を卒業したことが何より嬉しかったです。