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取材ノート 2670号(2016/11/07)
母娘、それぞれの涙

中部特派員 山本孝弘
 落語家の桂小金治さんが亡くなって2年が経ちました。運命の悪戯で離ればなれになった人を対面させる番組『それは秘密です』の司会をしていた姿が強く印象に残っています。

 子どもの頃に見ていた番組ですが、今でも忘れられない対面があります。

◎          ◎


 あるとき、目の不自由な女性が8歳の男の子に手を引かれながらスタジオに登場しました。

 「完全に失明する前に母に会いたい」

 ハツエさんというその女性はそう言いました。そして彼女の過去が紹介されるのですが、それはとても過酷なものでした。

 ハツエさんが4歳の時、お父さんが亡くなります。女手一つで3人の子を育てることになったお母さんのところにお父さんの弟がやって来ました。

 「うちには男の子がいますが、その後子宝に恵まれません。兄貴の子ですから大事にします。どうかハツエをください」

 そうしてハツエさんは引き取られます。幸せに暮らすはずでした。

 1年後、その家に女の子が生まれると、夫婦は手のひらを返すようにハツエさんに冷たくなりました。学校にも行かせてもらえず、ご飯も1人だけ土間で残り物を与えられる日々が続きました。

 16歳でその家を出たハツエさんは、小さな会社に住み込みで働いていた時、そこで出会った人と結婚しました。2人の間には男の子が生まれました。

 ところが、夫が多額の借金を抱えます。ハツエさんは食費を削って必死に働き、5年でその借金を返しましたが、過労と栄養失調から網膜剥離になってしまいました。すると、同居していた舅(しゅうと)に「目の見えない嫁などいらん」と言われ、息子と共に家を追い出されてしまったのです。

 「まだ目が見えるうちに母ちゃんの母ちゃんを探してください」

 8歳の息子が番組に葉書を出し、スタッフがハツエさんのお母さんを見つけ出しました。話を聞いたお母さんは畳を掻き毟(むし)って泣いたそうです。

 そして対面の日。小金治さんが「お母さん、どうぞ」と言うと、初老のお母さんが飛び出してきてハツエさんにしがみつきました。

 「はっちゃん、ごめんね、ごめんね・・・」

 ハツエさんは泣きじゃくるお母さんの顔をじっと見つめました。

 「見えた。母ちゃんの顔見えた。間に合ったぁ」

 わずかな視力しかないその目から涙が溢れました。

◎          ◎


 先日、そのハツエさんの後日談をみやちゅうバックナンバーの小金治さんの記事で知りました。テレビを見て治療を申し出た眼科医のおかげでハツエさんの目は完全に治りました。その後、ハツエさんは再婚して2人の子どもを生み、幸せに暮らしているそうです。
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