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取材ノート 2675号(2016/12/12)
残るもの、遺すもの

編集部 野中千尋
 忘れられない人がいる。

 遺しておきたいモノがある。

 守りつづけたいコトがある。

 そんな言葉が目を引く「わたし遺産」というウェブ企画をご存知でしょうか。

 「わたし遺産」とは、①「自分の心に残り、未来にのこしたいと思う人・モノ・コト」②「その存在に共感でき、価値を共有できるもの」③「その存在を共有した人が幸せ・前向きな気持ちになり、心が豊かになるもの」のことです。

 三井住友信託銀行主催で、選定委員にコラムニストの栗田亘さんや歌人の穂村弘さんらを迎え、今年秋に第4回の募集が行われました。

 心温まるエピソードが多く集まる中、初代の大賞作品にこんなお話があります。兵庫県にお住まいの北澤和子さん(65歳)の『愛が詰まった手作り教科書』というエピソードです。

◎          ◎


 小学生だった和子さんは、あるとき、国語の教科書を失くしてしまいます。どんなに探しても見つかりません。

 当時は昭和32年。今のように気軽に買い直したり、コピーしたりすることはできない時代でした。取り返しのつかない事態に、和子さんは途方に暮れます。

 それを見かねたご両親は「一人娘のために教科書を作ろう」と考えました。

 近所の友だちに頼んで教科書を借り、字のきれいなお父さんが文を、絵の上手なお母さんが挿絵を担当し、一字一字手書きで写していったのです。

 旧仮名遣い・旧字体の世代だったご両親にとって、現代仮名遣い・新字体の教科書を写すのは大変なことでした。

 それでも「娘のために」という一心で何日も夜なべをし、どの文もどんな挿絵も省略することなく、元のものと全く同じ教科書ができ上がりました。

 タイトルの通り、愛情のこもった世界に一冊の手作り教科書です。同級生の間でも話題になり、和子さんは誇らしい気持ちで毎日使っていたそうです。

 応募当時、教科書の行方は分からなくなっており、「心の中に生き続ける『わたし遺産』です」とコメントした和子さん。

 ですが、亡くなったご両親が受賞を喜ばれたのか、その後お父さんの書斎からひょっこり出てきたそうです。

◎          ◎


 私が小学生の頃、祖父は私の苦手なところだけを集めた手作りの計算問題集を何冊も作ってくれました。

 数字の書き順ひとつにも厳しい指導が飛んできましたが、すらすら解けるようになったときに花丸を描いてくれる顔は優しかったのを覚えています。

 先日、そんな祖父に「昔計算ノート作ってくれたよね」と言うと、「書斎に全部取ってある」と自慢げに言っていました。

 年の瀬も押し迫る12月。祖父母宅の大掃除のついでに、「わたし遺産」を発掘してみようと思います。
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