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紙面サンプル(PDF) 2015年3月2日発行  2015年4月6日発行

2021年1月18日 2867号

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食は文化
和食大使/医学博士
服部幸應さん
日光まで走る車夫を見てベルツ博士が気づいたこと


…私は食育推進評価専門委員会の座長をしていることもあって、そのPRをしながら日本全国を回っています。ある時、ご一緒した文化庁の方に聞いたんです。「ところで、日本食は文化としての位置づけでいいんですよね?」と。するとその方は、「実はですね、それがまだはっきりとはそうなっていないんですよ」とおっしゃるんです。私はとてもびっくりしたわけです。だって…【続きはこちらから】

社説
見回すと世の中は愛に満ち溢れている
魂の編集長 水谷謹人


…「兵庫県尼崎市におもしろい本屋さんがある」と知人から聞いて、小林書店の店長・小林由美子さんを訪ねたのは3年前のことである。本屋で傘を売っているというのだ。2時間ほど話を聞いた。なぜ本屋で傘を売るようになったのか。また、遡って本屋をやるようになったきっかけなども。長い物語だった。年末に出版された小説…【続きはこちらから】

2021年1月11日 2866号

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その足跡を辿る
小説家
森沢明夫さん
指を失ったから「ありがとう」と言われる人生になれた


僕は小説家になる前、編集者として様々な小説や雑誌に携わり、フリーライターだった時期もありました。その時は、とにかくいろんな人を取材しに行きました。その中で出会った人の中に、「三河のエジソン」、加藤源重さんがいます。愛知県の山奥に住んでいるおじいさんです。1991年3月、機械工として働いていた加藤さんは、…【続きはこちらから】

社説
“乗り越える”とはどういうことなのか
魂の編集長 水谷謹人


…(講演会で)『ふたたび~SWING ME AGAIN』という映画が上映された。映画の舞台は1950年代の神戸。そこに5人組のジャズバンドがあった。夢はジャズクラブの老舗「SONE」のステージに立ち、プロになること。その夢が手の届くところまできていた矢先、トランぺッター・貴島健三郎の指が思うように動かなくなった。診察の結果、とんでもない病名が告げられた。「ハンセン病」―この病気に日本の法律「らい予防法」は…【続きはこちらから】

2021年1月1日 2865号

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しあわせを呼ぶ龍の伝言
天井画絵師
斎灯サトルさん
人生を「流れ」で観る それが龍のメッセージ


私は今、神社仏閣の天井画を描かせて頂いています。個人の制作枚数としては日本で一番、手がけさせて頂いています。だから偉いというわけではないんですよ。お寺の天井画を描く僕も、家の柱を建てる人も、土台を造る人も、お弁当を作る人も、神様から見たらみんな同じ尊いお仕事ですから。…【続きはこちらから】

社説
「普通の神様」のメッセージ
魂の編集長 水谷謹人


新年早々、本紙をお読みいただき誠にありがとうございます。今日は落語調で読んでいただければ幸いでございます。えー、昔から正月三が日は「特別な日」と言われております。昔と言いましても新暦で正月を祝うようになったのは戦後になってからでして、それまでは旧暦の正月が「特別な日」でございました…【続きはこちらから】

2020年12月21日 2864号

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「わびさび」の美意識
(公財)阪急文化財団 理事・館長
仙海義之さん
「わび」と「さび」との違い分かりますか?


「わびさび」という言葉がありますが、「わび」と「さび」では実は少し美意識が異なります。「わび」は、余白の多い簡略な筆使いの絵とか、割れてヒビが入った茶碗、あるいは不完全な物に対して使います。明治時代の美術思想家・岡倉天心は『茶の本』の中で、「わび」を「インパーフェクト(不完全、不十分)」 と訳しました。
これは名訳だと思いました。つまり…【続きはこちらから】

社説
「砂漠で咲いたバラのごとく」
中部支局長 山本孝弘


先日、札幌在住でI・K・e(株)代表取締役のマグロともかずさんが主催する「世界マグロプロジェクト」のオンライン講演をさせていただいた。2日間にわたって朝8時30分から60分ずつ夜の20時まで、いろんな講師がリレー講演をする企画である。私は若い頃、アジアの国を放浪した時の話をしたが、中には…【続きはこちらから】

2020年12月14日 2863号

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いのちを灯す
高橋まつりさんの母
高橋 幸美さん
高橋まつりと生きた24年


2015年12月25日。私はその日、会社のお昼休みに娘にLINEを送っていました。それが既読にならず、心がざわざわしながらも「『年末には帰るね』と言っていたし、あの子は大丈夫」と思い、仕事をしていました。すると、警察から電話がありました。娘に何かあった…目の前が真っ白になりました。電話口で信じられないことばかり言われ、ただ唖然として聞いていました…【続きはこちらから】

社説
「『何とかなる』と思えた人の人生は…」
魂の編集長 水谷謹人


アメリカ人が根っから陽気な国民だということは知ってはいたが、病院もやたら明るいのだそうだ。愛知県岡崎市の森本伸幸さん(64)があるオンラインイベントで話していた。1996年、伸幸さんは会社の人事でアメリカ支社に異動になり、家族と共にロサンゼルスに移住した。仕事もプライベートも充実していた伸幸さんが…【続きはこちらから】