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「飽きた」と言うけれど

4月16日号の社説は文豪・武者小路実篤の『馬鹿一』を取り上げました。
先行販売ではありませんが、ここを覗いてくれた人だけにネタバレします。

『馬鹿一』という小説がすごく面白くて面白くて、
でも、社説の中に書ききれなかったので、裏話をここで書きます。

実は、息子がもう今は21歳なのですが、
彼が中学を卒業した後もずっと取ってあった道徳の教科書。
その中に『馬鹿一』を見つけたのが先週のことなのです。
実に6年もの間、書棚で熟成させていたわけです。

主人公は「馬鹿一」というあだ名で、周囲の人から小馬鹿にされている男です。
彼は詩人であり、画家なのですが、詩集を出すわけでもなく、絵が売れるわけでもありません。
そんなことは全然気にしないので、面白上がって質(たち)の悪い連中がからかうのです。だからといってみんなが彼をいじめているわけでもありません。
ぎゃふんと言わせたいだけなのです。

馬鹿一が描いているのはもっぱら草とか石です。

ある男が「こんなものばかり描いて、よく飽きないね」と言うんです。
すると馬鹿一はこう返しました。

「君は飽きるほど見たことがあるのか。
 見ない前に飽きているんじゃないか。
 よく見たことがないから
 同じに見えてそこに千変万化がある、おもしろさがわからないのだ」

僕はこの言葉に衝撃を受けました。
「飽きる」ということは日常の中でよくあります。
しかし、飽きるほどやったのかというと、そうでもありませんでした。

そこでふと思ったことがあります。
みやざき中央新聞の購読を中止する人がいるわけです。
ひと月、だいたいで言うと110部くらい増えて、100部くらい減ります。
中止者がいなくて、増えるだけだったらどんなにいいだろうと思います。

中止の理由が「もう高齢で、活字が見えなくて」というのはもう仕方がありません。

しかし、中には「飽きました」と言う人もいます。
「いつも同じような話ばかりなので飽きました」とかね。

そう言われると返す言葉がなくて、いつも自分を責めていました。
「飽きさせない紙面をつくるにはどうしたらいいんだろう」と落ち込むわけです。

でも、ひとつ、言葉をもらいました。

「あなたは飽きるほど読んだんですか。
 しばらく積読状態になっていて飽きたと言っているだけではないんですか。
 よく読んでないから
 同じに見える一つ一つの記事にある千変万化のおもしろさがわからないのです」

実際にはその人に向かって言いませんが、
そんな言葉を得たことで元気をもらいました。

「増え続けるばかりがいいわけではないのだ。
新陳代謝をしないと生き物は健全に成長しないのだ」という思いが湧いてきました。

武者小路実篤の小説を読みながらいろんなことを教えられました。

実篤が宮崎県木城町に理想の社会、「新しき村」を建設してから今年で100年です。