編集長水谷が【2012年7月21日(土)日本経済新聞夕刊】に取り上げられました。

感動届ける社説 水谷謹人さんに聞く
「現代人は情に飢えている」
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みずたに・もりひと
みやざき中央新聞編集長。1959年宮崎県生まれ。東京の大学を卒業後Uターンして宮崎中央新聞社入社、94年から編集長。教育や子育てなどをテーマにした講演や企業研修のほか地元短大で「実践ビジネス論」を講じる。著書に「日本一心を揺るがす新聞の社説」(ごま書房新社)など。
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<情報は常に「情」を乗せて発信したい>
宮崎に、「いい話」を集めた全国紙がある。
日刊紙と同じサイズの表裏2ページ。
週1回約6000部発行し、全国の読者に届ける。
大半のローカル紙と異なり、地元のニュースや情報はない。
編集長として、1600字の「社説」を20年間書き続けてきた。
「情報とは情感を刺激するものだから『情報』なのである。
情報を得て何を知ったかではなく、何を感じたかが大事なのだ。
だから情報は、報道の『報』の上に『情(なさけ)』を乗せている。
『情』とは人間味のある心、思いやり、優しさ。
情報は常に『情』を乗せて発信したい」。
第一号の社説に、こう書いた。
その他は、九州各地で開かれる講演会を取材して、面白かった話、感動した話、ためになる話の要旨を、講師の許可を得て掲載している。
最近の紙面には、思想家、内田樹さんの「街場の教育論」やおもちゃデザイナーの和久洋三さんの「ワクワクしてますか?」など。
「講演会は数多く開かれているが、参加できる人は限られている。
1回の講演には1冊の本になるくらいの内容が詰まっており、載録する価値がある。
語り口調を丁寧に生かし、数回に分けて掲載している」
30歳の時に東京から宮崎に家族3人でUターンしたが、フリーター暮らし。
2人目の子どもが生まれてから本腰を入れて働こうと、ハローワークで紹介されて入ったのが今の会社だった。
その後、前経営者から会社を譲り受けた。
「いいこと書いてあるな」と言われるような新聞にしようと妻と決めた。
しかし、部数は伸びず経営は火の車。
妻が飛び込み営業をして契約読者を増やしていった。
やがて「面白い」「こんな情報を知りたかった」という評判が口コミで広がった。
<感性のアンテナ立て、心揺るがす物語を探す>
社説のネタ元は、聞いた話から、本や新聞、映画まで様々だ。
例えば、「抱っこの宿題忘れんでね!」(2009年11月16日号)はあるミニコミ紙で読んだ話を基にした。
小学1年生のこはるちゃんが学校から帰るなり「今日の宿題は抱っこよ」と叫んだ。
担任の先生が「おうちの人から抱っこしてもらってきて」という宿題を出したのだという。
こはるちゃんは、お父さん、お母さん、おじいちゃん、ひいおばあちゃん、2人のお姉ちゃんの計6人に抱っこされ、翌日、クラスで「抱っこのチャンピオン」になる。
数日後、お父さんがこはるちゃんに「お友達はみんな抱っこの宿題やってきとったとね?」と聞くと、「何人か、してきとらんやった」との答え。
「だけん、その子たちは先生に抱っこしてもらってた」
世の中捨てたもんじゃない。
「抱っこの宿題は、子どもたちにではなく親に課せられた宿題だったのだ」と結んだ。
「端緒は、まず自分の心が動くこと。そのためには、いつも感性のアンテナを立てていなければいけない」と社員に説く。
「昨年秋、羽田空港で『未来への教科書写真展』が開かれていた。東日本大震災の被災地の中学生が撮った写真が並んでいる。
その1枚に目が留まった。
説明文に、『気仙沼で津波に流され、海水や泥、重油まみれになったが、漆塗りの漆器は布で拭くと、元通りの艶を取り戻した』とある。
タイトルにグッと来た。
『手間暇の勝利』。
手間と時間をかけて作られた器は津波に負けなかったと訴えている」
<「いい話」は人から人へと伝わっていく>
「こうした話を知ると、自分だけにとどめておけず、多くの人に伝えたくて仕方なくなる」のが、エネルギー源だ。
そして、感動は人から人へと伝わっていく。
それは、毎日のように届く反響や読者紹介の連絡票からも実感する。
東北のある市の教育委員会が研修会で使いたいとコピーの許可を求めてきたり、社説を題材に授業をした四国の県立高校から、生徒の感想文が大量に送られてきたり・・・。
昨年末には、自傷行為を繰り返す女子高校生から手紙が届いた。
「こんな新聞があるなんて知りませんでした。社説を読んで救われました」とあった。
数週間後、この生徒から紹介された、という別の女子高生から「あたたかく読みやすく、人間的な魅力を感じました。諦めていた大学受験にチャレンジします」とつづった手紙が来た。
これまでの約1000編の社説のうち、約80編が2冊の本にまとめられ、計7万5000部発行された。
出版社には「繰り返し読んだ」「すてきな本に出合えて感謝」「心の栄養をいただいた」などと書かれた読者カードが次々に届く。
家族や友人に贈ったり会社の創立パーティーで配ったりする読者もいるという。
昨年3月21日付の社説「我々は大災害を超えていける」では、見かけた光景を発信したメールやツイッターを紹介。
「4時間の道のりを歩いて帰ると、『トイレのご利用どうぞ』と書いたスケッチブックを持って自宅のお手洗いを開放している女性がいた」
「韓国の友人からのメールです。『世界唯一の核被爆国。大戦にも負けた。毎年台風が来る。地震だってくる。小さい島国だけど、それでも、そのたび、立ち上がってきたのが日本じゃないの! 頑張れ! 超頑張れ!』」
「避難所で、おじいさんが『これからどうなるんだろう』と漏らした時、隣にいた高校生の男の子が『大丈夫! 大人になったら僕らが元に戻すから』って背中をさすりながら言ってた。大丈夫! 未来はある!」
「現代人は人の情に飢えている。
昭和のある時期まで残っていた助け合いや思いやりを感じさせる物語に心震わせるのはそのためだ。
『いい話』は、時代が求めている」。
乾いた大地に水をまくような仕事だが、少しずつ人々の心にしみ込み、広がっている。
(編集委員 木村彰)