こんな意見もありました
僕は、講演の中で、江本勝著『水は答えを知っている』という写真集を紹介することがあります。この写真集は、ペットボトルの水に「ありがとう」と声を掛けて、その水の結晶を電子顕微鏡で見ると、とてもきれいな結晶をしていて、「バカヤロー」という言葉を掛けたら結晶がぐじゃぐじゃになっていたという、そんな写真をたくさん集めたものです。
その本を読んだ小学生が、「ほんとかな?」ということで夏休みの自由研究で、ニンジンの輪切りを三つ用意し、一つのニンジンには「元気になーれ。ありがとう」と声を掛け、二つ目のニンジンには「腐れ、バカヤロー」と声を掛け、三つ目のニンジンは無視する実験をやって、毎日写真に取り、その変化を記録していました。
結果、「元気になーれ、ありがとう」のニンジンはほとんど変化がなく、「腐れ、バカヤロー」のニンジンは17日目で真っ黒になり、無視したニンジンはドロドロになりました。
この話を講演で話し、やっぱり言葉の持つ力というか、人間関係の中でも「ありがとう」を口癖にして、いい人間関係をつくりましょうと話すのです。
そしたら、その講演を聞いた小学校の先生からこんなメールが来ました。
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突然、失礼します。
>> 愛知県で教員をしている者です。
>> ニンジンの実験の話についてです。
>>
>> その種の実験の起こりは、水に対して行われました。
>> コップの水に、その種の言葉を言い、凍らせると、美しい結晶と乱れた結晶ができる、という内容でした。
>>
>> 愛知県の校長の集まる場で、この水の話の講話があり、なんと理科と英語の校長が、そんな話を「よい話」として人に話している事実に直面しております。私は、勇気を出して、その誤りについてお話しました。分かっていただけましたが、両方とも少々興奮気味で、申し訳ない気もしました。(パワハラはありませんでした。)
>>
>> この種の話は、今から10?15年ほど前から存在しています。
>> もちろん、オカルトであって、自然科学の正しさもありませんし、道徳的な価値もありません。
>>
>> 筆者の方は、自分の心の問題として終えています。
>> が、不安を感じるのは、その実験をやってみたいと思ったことと、それを中途半端な結末で終わらせている書き方です。
>>
>> その話を心温まる話として信じていらっしゃる方への配慮かとも思えますが、新聞の発行の目的の一つに、読者の意識の啓発があると思います。
>> 科学的思考や道徳的な価値の多様さや発達段階を揺さぶるような観点も必要かと思います。
>>
>> その種の実験(ではなく行為です)は、申し訳ありませんが、非科学的な行為です。
>> 自然科学の実験は世界中のどこの誰がやっても同じ結果が得られなければなりません。その種の話の実験者は、科学も道徳も知らない幼い子供が選ばれます。
>> 心温まる話として流布されやすいからです。
>> 少しくどいですが、それなりの実験結果を得るには、ニンジンは、全ての言語を理解する頭脳を必要とし、「バカヤロウ」という言葉に、どれだけの意味合いがあるのかを介せず、一語一意のコンピュータの翻訳的な解釈をする頭脳をニンジンに期待しなければなりません。
>> 心温まる、人間味のある生き方を支援する編集方針に賛同します。しかしながら、それと引き換えに、自然科学や道徳がないがしろにされている可能性を感じてしまいました。
>> 新聞編集のベースに、その自然科学的な曖昧さが入り込まない事を希望します。
>> 突然、大変失礼な文章を送らせていただく無礼を寛恕下さい。>> 大抵の方は、こういったことは送信しないと思いますが、送信させていただきます。>>>>