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取材ノート 2682号(2017/02/13)
ひとりっ子

中部特派員 山本孝弘
 「ひとりっ子」という忘れられないコラムがあります。書いたのは私が中学2年の時に担任だったM先生です。

 M先生は体育教師でサッカー部の顧問もしており、とても厳しい先生でした。私も掃除をさぼって遊んでいたら殴られたことがあります。

 そうかと思えば、私がやってしまったあることを正直に告白したところ、「おまえでもそんなことをするんだな、わっはっはっ」と不問に付してくれたこともありました。

 3年前、当時不良少年だった同級生に久しぶりに会いました。

 その彼から初めて聞いたのですが、M先生は保護者の許可を取ってときどき彼やその仲間を夜釣りに連れていっていたそうです。

 そんなM先生が私たちの卒業文集に寄せたのが、「ひとりっ子」というコラムです。

 「私はひとりっ子である。血を分けた兄弟がいない。」という文から始まるそのコラムは、15歳の私に感銘をもたらしました。

◎          ◎


 先生が小学生の時の出来事です。給食で余ったパンをもらい、放課後それを友人の家で食べる約束をしました。

 友人の家に行き、パンを焼いて砂糖を振りかけ、いざ食べようとした時でした。友人の兄が現れ、パンを横取りしようとしたのです。

 友人は泣きながら必死に抵抗しました。ひとりっ子の先生には経験したことがない激しい兄弟喧嘩でした。

 兄がついにあきらめて去った後、友人は泣きながらもにっこりと笑い、パンを渡してくれました。見ると、友人の耳からは血が出ています。

 先生は涙が止まらなかったそうです。そして、まだ幼いながらこう思いました。「僕は甘えている」

 その出来事をきっかけに、先生は厳しいスポーツの世界に入る決心をしたと書かれていました。

◎          ◎


 私は実家に帰る度に、卒業文集に書かれた先生の「ひとりっ子」を何度も読んでいました。

 中学を卒業してからM先生には会っていませんでしたが、一年前の冬、30年ぶりに再会しました。

 先生は静かに眠っていました。夜釣りに行った時に事故に遭った先生は、そのまま60年の短い生涯を閉じたそうです。あの頃と変わらぬスポーツ刈りで、よく日に焼けたお顔でした。

 先生は定年前に退職し農業をしていました。きっと生命力に溢れたおいしい野菜を作っていたと思います。

 遺影の中の優しい目が、「おまえはまだまだ甘いぞ」と言っているようでした。記憶の中で生き続ける私の素晴らしい恩師です。

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