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取材ノート 2705号(2017/07/31)
眩しかったエースの背中

中部特派員 山本孝弘
 ちょうど1年前、私が取材したソフトボールの元全日本監督・宇津木妙子さんの記事が連載されました。先日その記事を読み返していたら、懐かしい少女の思い出が浮かんできました。

◎          ◎


 幼稚園の頃、Mという女の子がいました。いつも汚れた服を着ていたので、皆からよくからかわれていました。お迎えにはサングラスを掛けた強面(こわもて)の父親がいつも来ていました。

 ある日のこと。帰りの時間に先生が話をしている時、突然Mがお漏らしをしてしまいました。後始末に追われる先生を、迎えに来ていた数人のお母さんが手伝いました。その間、Mの父親はスポーツ新聞を握り締めて、とても怖い顔をしていました。

 「俺に恥をかかせやがって!」

 外に出た父親はそう言いながら泣きじゃくるMの頭を幾度も新聞で叩きました。その日以来、誰もMをからかわなくなりました。

 夏になる前、Mはどこかへ引っ越していきました。

◎          ◎


 8年後、私は彼女と思わぬ再会をしました。それほど遠くへ引っ越していなかったらしく、私と同じ中学に進学していたのです。その名前に聞き覚えはありましたが、思い出すまでに半年かかりました。彼女は見違えるように明るい少女になっていたからです。

 中3になった彼女はソフトボール部のエースになり、かなり速い球を投げることで市内でも有名でした。

 ソフトボール部はよく男子の運動部と練習試合をしていました。さすがに野球部が相手だと打たれていましたが、他の部の男子では彼女の球に手も足も出ませんでした。

 卓球部と試合をする日、卓球部でない私も人数合わせで呼ばれました。3年間彼女とはクラスが違ったので、彼女と直接接点を持ったのはそれが初めてです。 

 打順が私に回ってきましたが、やはり歯が立ちません。彼女の直球に私は2球続けて空振り。3球目は少し早めにバットを振ろうと思いました。

 そして3球目…。なんと彼女はカーブを投げてきたのです。見事にタイミングを外された私のバットは大きく空を切りました。

 マウンドを見ると、彼女は私を見てニヤッと笑いました。

 「あっ、あいつは俺を覚えている!」。直感でそう分かりました。エースはその後、涼しい顔で私に背を向けました。

 その勝ち誇った背中を見つめ、「コンニャロー!」と思いながら、私は肩をすぼめてベンチへ戻りました。

 夏の日差しを受け止めた「背番号1」の強さの中に、私の記憶にあった暗い過去は色褪せて消えていきました。
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