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転載・過去・未来 2699号(2017/06/19)
その31 もう一人の「私」に~落ち込んだ時は「水金地火木」を~

詩人・児童文学作家 工藤直子
 私の詩集『のはらうた』の中に、「みみずみつお」が書いた『おまじない』という詩があります。

 このみみずくんはいつも鼻歌交じりで昼寝をするような、気楽な生活を送っています。でもたまに、「僕って独りぼっちだ」と寂しく思う時があるんです。

 私も小さい時、「私は独りぼっちだな」「私なんてダメよね」と落ち込むことがありました。そういう時にはおまじないを唱えていました。その一つが「水金地火木」です。

 中学1年生の時、友だちを怒らせて眠れない夜があったのです。その時にこれをやりました。

 まず、家の中にいる自分をイメージします。その自分を次は屋根の上から見てみる。その視点を上げると私の住む町が見える。もっと上げると日本が見えて、さらには地球が見えて…。

 そうやって自分を冥王星くらいまで持っていくと、「な~んだ、こんなちっぽけなことでクヨクヨして。宇宙はこんなにでっかいのにね」という気持ちになって眠れたのです。

 もう一つは、落ち込んでいる自分を鏡で見ることでした。

 5歳くらいの時、迷子になってすごく泣いたことがありました。家に帰って涙が収まってきた頃、鏡を見てみました。鼻が赤くて、目が腫れて、カエルみたいな顔の自分が映っていました。

 その時、鏡の中の自分が私に話し掛けてきました。「心配するな、直ちゃん。私がついてる。あなたは一人じゃないよ」と。

 実は、みみずみつおくんの『おまじない』はこれらの経験を詩にしたのです。

 こわいとき となえる
 おまじないがある
 じぶんにむかってこういうんだ 『おい、ぼくよ
 ぼくがいるからだいじょうぶ
 ぼくがいるからだいじょうぶ』
 すると
 ぼくがふたりいるみたいで
 げんきになる

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 今日初めて私を見た人は「工藤直子さんって元気な方なのね」と思うかもしれません。なぜなら私は講演する時、私の中の「元気な部分」を出しているからです。

 でも、「私の100%が元気か」と言うと、そんなわけないんです。切ない私もいれば、ウソつきの私もいる。「私」という人間はたくさんいるわけです。

 そのたくさんの自分が、詩や絵や音楽に出合っています。だから、好きなものも「好き」の思い方もみんな違ってきます。

 私はある時期まで「松尾芭蕉の句はすべて素晴らしいと思わなきゃいけないんだ」と思い込んでいました。偉い人の解説を読んで自分を納得させることもありました。でも心の中ではずっと「ウソついてるなぁ」と思っていました。

 でもある時、有名な画家の絵を見て胸の辺りで何かがフニャッと解ける感じがあったんです。

 その感覚がとても気持ちよかったんですね。その時に「あ、これでいいんだよね」と思いました。

 つまり、みんなが素晴らしいと思うものを「自分も素晴らしいと思わなきゃ」と考える必要はないのです。

 「好き」に理由なんてなくていいんです。「入道雲が好きなの」と言って、誰かに「なんで?」と聞かれて理由を言葉で説明できるとすれば、それは「二番目に好きなもの」です。

 一番好きなものは、「なぜか知らないけど涙が出ちゃった」とか、それくらいしか言えないものなんですね。

(2007年5月7日号より)


★このコーナーは過去26年のバックナンバーの中から選りすぐりの記事に加筆し、読み切りで転載しています。

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