皆さん、東京ディズニーランドに行ったことがありますか？　僕は28年くらい前、そこでアルバイトとして働き始めました。

　約８年、主にやらせてもらっていたのは、いろんなアトラクションのスタッフでした。名前で言うと「ジャングル・クルーズ」とか「イッツ・ア・スモールワールド」、それから「シンデレラ城ミステリーツアー」のような、お客様を乗り物に乗せて回る案内役を務めていました。

　「お待たせしました！　皆さんこんにちは！　ジャングル・クルーズへようこそ！　これから皆さんを危険がいっぱいのジャングルへご案内します！」、こんな感じですね。



　今のディズニーランドは、スタッフを募集すると働きたい人がいっぱい応募してきます。だから選考をしなきゃいけません。

　ところが、僕の時代は逆でした。当時はできたばっかりだったので、募集をかけてもなかなか人が集まりませんでした。

　厳しいルールのあるところですから、たとえ入ってきても次々辞めてしまうのです。ですから、とにかく面接に来た人はほぼ全員合格という状態でした。だから、僕みたいな者でも入れたんです（笑）。本当に誰でもいいという感じでした。

　そんな調子でスタートするので、実を言うと初日から「辞めようかな」なんて思っていました。それでも、なぜ８年間も辞めないで続けることができたか？　

　「ディズニーランドが楽しいところだから辞めなかったんじゃないですか」と聞かれますが、ちょっと違うんです。　それよりも大きな理由があります。そこで出会い、一緒になって働いた先輩や仲間がいたからなんです。

　僕はその人たちにものすごく影響されました。その人たちに出会うことがなかったら、たぶんすぐ辞めていたと思います。まずは先輩の一人が僕に教えてくれたことを一つお話します。



　最初、僕は働くということ自体なかなか理解できていませんでした。

　当時の僕は結構悪くて、人のことなんか全然考えていませんでした。とりあえず職場にいれば時給が貰えたので、お金さえもらえればそれでいいと思っていました。

　だから、働くということが本当に理解できたのは、「この仕事を選んでよかった」と思えた瞬間からなのです。

　その一番大きなきっかけは、18歳のときの出来事でした。

　アルバイトスタッフをまとめる責任者に「町丸さん」というおっかない人がいたんですが、給料日前にその人に「香取、話がある」と呼び出されたんです。

　事務所に行くと、こう言われました。「今度５月15日にお給料貰えるじゃんか。フリーターだけど、それでも社会人として初めてのお給料だろ。何を買うかもう決めてるの？」

　よくぞ聞いてくれましたとばかりに僕はすぐさま答えました。

　「本当は車が欲しいんですけど、さすがに買えないじゃないですか。だから、今乗っている単車のタイヤを換えようかなって」と話したら、「もうお前、帰れ！」と怒られたんです。

　「４月に働いた給料というのは、今までとちょっと違うわけよ。初任給だろう。お前、さんざん世話になっている人がいるだろうが。その人に今回の給料で何かしようと考えないのか？」

　それで、僕は、（ああ、町丸さんに何かあげればいいんだな）と思って、こう言ったんです。

　「いやいや、俺だって考えていますよ。町丸さんにはさんざん世話になったから、そんなに高いものは買えないけど…」

　そしたら、「お前、バカだな」って呆れられました。

　「俺じゃない。もっと世話になった人がいるだろう」、そう言って町丸さんは事務机の引き出しを開けました。

　何が出てくるのかなと思ったら、そこからディズニーランドのパスポート券が２枚出てきたんです。

　そしていきなり「これを俺から買え」と言ったんです。



　「はぁ？」と思いました。

　行きたかったら自分で買うし、町丸さんから買っても別にスタッフ割引みたいなものがあるわけではありません。

　それで「なんで俺が買わなきゃいけないんですか。要らないですよ」と文句を言いながら、そのパスポートをよく見たら、日付が入っているんです。

　それは予約券でした。たとえ人が多すぎて入場制限をしていても、必ずディズニーランドに入れる券です。でも、書かれた日付の日しか使えません。

　だから僕はまた文句を言いました。

　「なんですか、これ。この日しか使えないじゃないですか。だいたいこの日、日曜日でしょう。俺は早番で仕事が入ってますよ」と。

　そしたら、「ああ、そこか。ちょっとスケジュール表を持ってこい」と町丸さんに言われました。おとなしく持ってくると、仕事があるはずの日曜日はいつの間にか有給休暇を取って休むことになっていたんです。

　「待ってください。俺、休みなんて申請してません」と町丸さんに訴えたんですが、平然とした顔で言われました。

　「いいの。お前は四の五の言わず、俺からこのパスポートを受け取って、５月の給料日になったら金を払え」

　「いやいや、なんでですか」と必死に食い下がったんですが、「まだ分からんか？　５月のこの日曜日は何の日だ？」と町丸さんに言われ、そこでやっと気が付きました。そうです、母の日だったのです。

　「お前のお袋さんは女手一つでお前を育ててくれたんだろう。ディズニーランドで働いてるといっても、世間から見たらフリーターだ。きっと心配してると思うぞ。だから、この母の日にお袋さんを連れてきて案内してやれ。そして俺のとこにちゃんとあいさつに来い」と町丸さんは言ったのです。



【かとり・たかのぶ】元はヤンキー少年だったが、高校１年の1987年に東京ディズニーランドでアルバイトを始める。1995年、㈱SHUU社に入社。アルバイト時代の経験を活かし、各地のレジャー施設を対象に現場運営コンサルティングを行う。2004年に独立し㈲香取感動マネジメントを設立。著書に『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった』（こう書房）、『ディズニーランドであった心温まる物語』（あさ出版）などがある。