バックナンバー
2021年4月26日 2880号
情報断食のすすめ
株式会社なないち 代表
鈴木七沖さん
私らしく在るために選んだ「情報断食」という生き方
…あるとき、妻の再発がんが見つかり、1年半後に他界しました。息子はまだ4歳でした。将来や自分自身への不安を抱えながら、僕はいつも人々のニーズやテーマばかりを追いかけていました。そんな2009年の春、ハワイの伝統的な癒しの技術「ホ・オポノポノ」を広めた心理学者ヒューレン博士の講演を聴く機会がありました。博士は、…【続きはこちらから】
社説
あの世へ持っていける唯一のもの
中部支局長 山本孝弘
…タイ北部の街を旅していた時、露店で数羽の小鳥が入った籠を売っていた。ペット用にしては中にいる鳥はいかにも野鳥という姿形だった。食用でもない。買った人の行動を見て驚いた。その場で鳥を籠から出して空に放ち、そして籠を露天商に返していたのだ。店は鳥を売ったのではなく…【続きはこちらから】
2021年4月19日 2879号
ことばの学校
コラムニスト/スピーチライター
ひきたよしあきさん
私が言葉に関する本を書く理由
…私がなぜ言葉に興味を持ったのかというお話です。私が小学3年生の時に、担任の先生が黒板に大きな木を描いたんです。葉っぱがたくさんある木でした。そしてその横に大きく「言葉」という字を書いたんですね。私はそれを見て「何だろう?」と思いました。先生は「言葉という字は…【続きはこちらから】
社説
好奇心の種、探求心の根、まだありますか
魂の編集長 水谷もりひと
…図工の授業は子どもの創造力やイマジネーションを育てる絶好の時間だ。しかし、「上手い・下手」という基準で評価されるからか、下手な子にとって、それはつまらない時間になる。僕がそうだった。作品は作者の投影といわれる。自分の絵が無視されたり、評価されないということは、すなわち…【続きはこちらから】
2021年4月12日 2878号
少息のすすめ
みらいクリニック院長
今井一彰さん
「あいうべ」で心も体も健康に!
…まず自分の呼吸の状態をチェックする「息止めテスト」をしてもらおうと思います。鼻から吸って鼻から出す、楽な呼吸を繰り返してください。そして、5秒ほどかけてゆっくり息を吐き出します。吐き出したところで、そのまま息をこらえます。その状態で何秒息を止めていられるのか、やってみてください。(中略)30秒以上できた方は…【続きはこちらから】
社説
違うのはゴールに着くまでの育て方
魂の編集長 水谷もりひと
…多くの家庭では「母親」という女性が子育てを担っているが故に、男の子の行動が理解できない。ややもすると女性脳の価値観・世界観で男の子が本来辿るべき成長のプロセスを潰してしまいかねない。だから黒川(伊保子)さんは『息子のトリセツ』(扶桑社新書)を書いた。たとえばお風呂に入る時…【続きはこちらから】
2021年4月5日 2877号
今読みたい古典のはなし
京都産業大学文化学部 教授
小林一彦さん
75歳からが本番だったとある歌人の一生
…『新古今和歌集』に入集する歌人に、藤原俊成という人がいます。「この世をばわが世とぞ思ふ望月(もちづき)の~」という歌で有名な藤原道長の子孫であり、新古今の撰者・藤原定家のお父さんでもあります。彼はものすごく古典を大事にしていた人で、『新古今和歌集』には72首もの歌が載り、和歌の発展に大きく寄与したと評価されています。
藤原俊成の人生は決して順風満帆なものではありませんでした。まず10歳の時に…【続きはこちらから】
社説
世の中から一番無くしたいこと
魂の編集長 水谷もりひと
…映画『ひとくず』は、「悪人で凶暴な男だけど、時々優しい」という「金田」が主人公である。物語は、彼があるアパートに空き巣に入るところから始まる。入った部屋はゴミだらけで、食べ物はなく、電気もガスも止められていた。そこで金田が見たものは、突然の侵入者に怯える小学校低学年くらいの少女だった。その子を見た瞬間、金田の脳裏に虐待されていた子どもの頃の記憶が蘇った。彼は少女をつれてコンビニに行き、食べ物を買い与えて立ち去る。しばらくして少女のことが気になった金田は…【続きはこちらから】
2021年3月22日 2876号
ペコロスの母に会いに行く
漫画家/シンガーソングライター
岡野雄一さん
どんなに悲惨な出来事も最後は笑いに変えて
…母は天草の農家の10人兄弟の長女でした。親の手伝いをしながら、いつも自分の背中に妹や弟を抱えているような少女時代を過ごしたそうです。そのため、母はとにかくしっかり者でした。そんな母が、父が亡くなった年の暮れあたりからだんだん「妙な感じ」になっていきました。それは僕にとって、…【続きはこちらから】
社説
そっと寄り添う共感の温かさ
中部支局長 山本孝弘
好きな日本語はたくさんあるが、動詞に限っていえば「寄り添う」という言葉が好きだ。外国語に訳すのが難しい日本語の一つだろう。「ぴったりと側にいる」という物理的な使い方よりも、「あのつらい日々に先生が僕に寄り添ってくれた」のように、心の空間を共にする意味で使われる場合が多い。先日、岐阜県にある飛騨千光寺の大下大圓(おおした・だいえん)住職の話を聴く機会があった。大圓和尚は臨床僧侶としても活動をされている方である。臨床僧侶とは…【続きはこちらから】