ホーム記事一覧取材ノート

取材ノート 2679号(2017/01/23)
出だしが肝心

編集部 野中千尋
 「吾輩は猫である。名前はまだない」

 言わずと知れた夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』の有名な冒頭です。当時としては異質な「猫視点」で始まるこの物語は、予想以上の大ヒットだったそうです。

 ではもう一つ。

 「挫折を経て、猫は丸くなった」

 こんな書き出しで始まる本は、いったいどんな話だと思いますか?

◎          ◎


 新年最初に読んだ本で、新しい文学に出合いました。

 純文学や大衆小説など、文学にはいろいろな種類があります。そこに最近「書き出し小説」という新しい文芸スタイルが生まれてきているのをご存知でしょうか。

 名作と呼ばれる文学作品の中には、その一文だけで読み手の心を掴み、「いったい何が始まるんだろう?」と、期待感をあおる書き出しが数多くありますよね。

 そんな中、「書き出し『だけ』を考えてみるのも面白いのでは?」と始まったのが「書き出し小説」です。

 もともとウェブ上で募集・投稿されているものでしたが、今では芥川賞作家の長嶋有さんも審査員として参加するなど、盛り上がりを見せています。

 その過去114回にわたる受賞作をさらに厳選して収めたのが、『挫折を経て、猫は丸くなった』(新潮社)です。タイトルも入賞した応募作品なのだとか。

◎          ◎


 たった数行の物語ですが、始まりの予感に満ちたものからつい笑ってしまう大喜利的なもの、とことんシュールなものまで多種多様。その一部をご紹介します。

 ・「ミステリーツアーはガイドの失踪で幕を開けた。」

 ・「『これの色違いありますか』八百屋に妙な客が来た。」

 ・「ガンジーが生涯でただ一人、殴った男の話をしよう。」

 ・「人力車の荷台に私たちを残したまま、取手だけが走っていく。」

 ・「まだ大仏が見える。」

 思わず「どういう状況?」と突っ込みたくなる作品もありますが、続く物語は全て読み手の想像の中にあります。

 「そこにこそ書き出し小説最大の妙味がある」と言うのは、「書き出し小説」の生みの親でもある天久聖一(あまひさ・まさかず)さん。

 書き手のイマジネーションが読み手の想像力を刺激し、一つの書き出しからまさに読者の数だけ物語が生まれるのです。

 「想像できない…」という方でも大丈夫。書き手の独特な感性を味わったり、単純に面白おかしさを楽しむだけでもいいのが書き出し小説の魅力です。

◎          ◎


 じっくり物語の続きを考えるもよし、その一文だけの雰囲気を楽しむもよし、いろんな読み方ができるお得な一冊だと思いました。

 初読みと初笑いを同時に達成し、今年は良いスタートを切ることができました。
最新号

2723号2017年12月18日発行

カレンダー
<前月  2017年01月  翌月>
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
 
 
 
 
ブログ
  • 水谷もりひとブログ
  • くるみノート
  • とね書
  • スタッフブログ