取材ノート 2703号(2017/07/17)
「その日」を見つめて
編集部 増田翔子
高校生の時、ちょっとした話題になった試験がありました。それはある夏の日、現代文の試験中のことでした。シーンとした教室から鼻をすする音や何かを我慢しているような声が聞こえてきました。
試験が終わるとみんなが大騒ぎ。実は問題に使用された小説があまりに感動的で、泣く生徒が続出したのです。
その小説のタイトルは『その日のまえに』(文藝春秋)。重松清さんの連作短編小説集です。
◎ ◎
収録された七つの短編に共通するのは、どれも「大切な人の『終わり』に直面する」ということ。
そのうち後半の3編、『その日のまえに』『その日』『その日のあとで』には、ある家族のことが描かれています。
登場するのは、「僕」と妻の和美、中学3年生の健哉と小学6年生の大輔です。
妻・和美の余命が1年足らずだと宣告され、「僕」は和美と一緒に思い出の場所を巡ります。
2人はいつしか、いずれ訪れる和美が亡くなる日を「その日」と呼ぶようになりました。
和美の強い意志で、健哉と大輔には病気のことを知らせていませんが、ついに「その日」はやってきてしまいます。
久しぶりに病室で家族4人が揃い、「僕」と子どもたちの前で和美は静かに息を引き取りました。
そして「その日」から3か月が経ち、「僕」は和美が亡くなってからずっと胸の中にあった重石がどんどん軽くなっていることに気付き、考えます。いつか和美のことも「思い出さなければ」いけなくなるだろう、と。
それは和美の死から立ち直ることができたからなのか、それとも和美を忘れてしまったからなのか…。
「その日」で止まってしまった和美と、「その日」のあとも歩き続けていく家族の物語です。
◎ ◎
あとがきにて、重松さんは「『生きること』と『死ぬこと』、『のこされること』と『歩きだすこと』をまっすぐに描いてみたかった」と語っていました。
重松さんもこの物語の執筆中に、大切な恩師の「終わり」に直面しています。だからこそ、物語からは「のこされること」のつらさや悲しさが痛いほどに伝わってきます。
「その日」のあとで、のこされた人たちはどのように「死」と向き合えばいいのか? 生きていく意味や死んでいく意味はどこにあるのか? 物語の中ではこのように言っています。
「それを考えることが答えなんだと思います」と。
『その日のまえに』、他4編も涙なしには読めないお話です。ぜひお手にとってみてください。
- 読者の声 その1
- 叶わなかった高校進学
- 彼女の就活物語
- 怪しいのがお好き
- つながって増えていく
- 前略 北から、南から
- 知り合いを引き寄せる豊橋読む会
- 意味づけひとつで
- 宮下尚大君の想いは今でも…
- みやざき中央新聞を読む会・丹波篠山合宿
- 遠く離れていても…
- 不完全である強さ
- みやちゅうを読む会inマニラ!!
- おしゃれも幸せも足元から
- 芸術は自由だ!
- 妻のウソ 夫のホント
- かわいい子には旅をさせよう
- それぞれの泣きどころ
- あぁ、店内放送の悲劇…
- おもいだせることは
- 友人の母に捧げるバラード
- 変わらないもの
- 小さな恋のメロディ
- 当たり前を疑え!
- 巨匠を育てたもの
- 眩しかったエースの背中
- 「その日」を見つめて
- 感動を呼ぶ旅行添乗員
- 「送り梅雨」
- 知覧 ~散華した若き命の想い~

2739号2018年04月23日発行
- 社説 見切り発車で面白くなる、強くなる
- 最強のナンバー2の在り方 その1 「人生二度なし」私はいつも生徒たちにそう語りかけていた
- カレーなる人々 その127 黄色の髪は、母とカレーの思い出から?(美輪明宏さん)
- 温かな食卓をすべての子どもたちに その3 里子になったその子に私はなぜ手を上げたのか
- 荷台に夢を積んで その4(終) つらい時は、映画のワンシーンだと想像して…
- 鍛えよう察し力 その2 元々日本人は感じる能力が高かった
- 転載・過去・未来 その71 新老人が奇跡を起こす~良い遺伝子を開花させるために~
- くるみの談話室 本屋は人を育てるところ
- 【4月23日号PDF】
- 毎週更新!【2010年4月26日号PDF】
- 社説 つらいことが多いから笑いが生まれた
- 温かな食卓をすべての子どもたちに その1 地域のみんなが家族になれる「子ども食堂」の可能性
- いざ、本物の旅へ。 その3 人との出会いは生きがいに
- 盤上で培った思考 その5(終) これからの時代だからこそ人間的な部分が大事です
- 荷台に夢を積んで その2 1本のケーキを「届けさせていただく」喜び
- ふしぎな鳥の巣 その3 お母さんの安心感の中で絵本をゆっくり味わって
- 転載・過去・未来 その69 心理戦で勝負する~質問力を人間関係に生かそう~
- 取材ノート 叶わなかった高校進学