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取材ノート 2728号(2018/02/05)
宮下尚大君の想いは今でも…

中部特派員 山本孝弘
 最近「AI(人工知能)」という言葉をよく耳にします。今から約20年前、職場で知り合った学生がその研究を志していました。AIという単語を聞くと、時々彼のことを思い出します。

◎          ◎


 当時、私は新宿にあったステーキレストランで働いていました。ある時期、宮下尚大(みやした・たかひろ)君という学生がそこで働いていました。彼は早稲田大学理工学部の学生で、探検部に所属していました。

 ある日、ピーク時間を過ぎて暇になりかけた時に彼が言いました。

 「今度、ペルーに行くんですよ。アマゾン川を筏(いかだ)で下るんです」

 そう話す彼のメガネの奥の目が輝いていました。私も当時はあちこちの国を放浪していましたが、彼のような冒険はしたことがなかったのでその発想に度肝を抜かれました。

 「帰ってきたらいろんな話を聞かせてよ。これを機に辞めるなよ。店に戻って来いよ」

 私はそう言って笑い、その日は先に帰りました。彼はお客さんにコーヒーを出す準備をしていました。私が彼を見たのはそれが最後になりました。

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 そのニュースをテレビで見た時、すうっと青ざめていく自分がいました。「血の気が引いていく」とはこういうことなんだなと思いました。

 彼はペルーの血迷った兵士に捕まり、金品を奪われた上に殺害されたのでした。

 彼と親しかったアルバイトのK君から、彼は残りの学生生活を人工知能の研究に充てようとしていたと聞きました。20年前、その言葉は世間の認知度も低く、私はチンプンカンプンでした。今彼が健在だったら、その部門の最先端で活躍していたのではないかと想像できます。

 しかし、彼の志は確実に後進に委ねられています。肉体は消えても、彼は昨今のAIの発展に寄与しています。

 というのも、宮下君の死から3年後の命日、彼のお父さんが大学に1000万円を寄付し、「宮下尚大奨学基金」を設立したのです。それを知ったのもテレビのニュースでした。

 このコラムを書くにあたり、早稲田大学に問い合わせてみました。すると、今でも基金はAIの研究を目指す理工学部の学生や探検部の学生を対象に付与されているとのことでした。

 彼の夢は形を変えて、昨今のAIの目まぐるしい発展を支えている。そう考えると少し救われる気がします。

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 「山本さん、僕が運ぶからいいですよ」と、キッチンから出されたステーキを率先して運んでくれた宮下君。その笑顔は青年のまま、今でも私の脳裏に焼き付いています。
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