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取材ノート 2732号(2018/03/05)
前略 北から、南から

編集部 野中千尋
 1月22日号に掲載した取材ノートの中で、「一つの風船をきっかけに、50年以上に渡る児童たちの文通が始まった二つの小学校」のお話をご紹介しました。

 先月、私の元に1通の手紙が届きました。宮崎県日向市にお住まいの佐藤修子(さとう・なおこ)さんからのお便りでした。

 3枚の便箋に、柔らかい字でこう綴られていました。

◎          ◎


 先日、50年続いているという小学校の文通の話が新聞に載っておりました。読んでいるうちに私の場合も聞いていただきたいと思いお便りしました。私はこの3月で72歳になります。

 何の授業だったか忘れてしまったのですが、小学校3年だったか5年だったかの時、同じように「手紙を書こう」という授業があって、北海道の子どもと文通が始まりました。

 私たちの学校は宮崎県西都市の穂北小学校、向こうは紋別という漁師町にある小学校でした。

 「北海道が大冷害に見舞われて稲の苗が育たない」というニュースを新聞やラジオで聞いた時は、田んぼの隅に置いてある苗を農家の人に分けてもらって、学校から送ってもらったこともありました。その後、向こうの学校からお礼の手紙が来て、なんだか嬉しかったことを覚えています。

 小学校、中学校と文通は続きました。そのうちだんだん頻度は少なくなりましたが、一人の女性とは結婚してからもやり取りが続きました。

 10年ほど前、北海道を旅行した際に彼女の住む紋別を通過しました。

 休憩で立ち寄ったドライブインからドキドキしながら彼女に電話してみたのですが、その時は留守でした。

 でも旅行から帰ってきた後、彼女から電話が掛かってきたのです。文通を始めて50年、初めて聴く手紙の友の声でした。

 今は年賀状でお互いに近況を知らせ合っています。…今や文通を始めて60年以上、もうそんなに年月が経ったのかとあらためて思います。

 一度だけ聴いた彼女の若々しい、明るい声を思い出しながら、いつか会える日が来るのかな、と思っています。

◎          ◎


 この取材ノートを書くにあたり、佐藤さんに電話でお話を伺いました。

 「その後彼女が北海道から宮崎まで観光に来たこともあったのに、お互い県北と県南の離れた所にいて、やっぱり会えなかったんですよ」と笑う明るい声がとても印象的でした。

 このような心温まるエピソードに出合えたことをとても嬉しく思います。皆さまも記事をきっかけに思い出した懐かしいお話があれば、ぜひ編集部までお便りください。
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