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取材ノート 2745号(2018/06/11)
天狗のしわざ

編集部 野中千尋
 自己紹介をする時、よく「読書の集中力なら誰にも負けません!」と言っています。「まさか寝食を忘れるくらい?」と冗談っぽく聞かれることもありますが、ほぼその通りです。

 かろうじて寝る時間は思い出しますが、一人暮らしをいいことに食事を忘れてそのままになることがあります。そういうわけで、最近私を「夕飯抜き」にした一冊をご紹介します。

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 タイトルは『仙境異聞』(岩波文庫)。著者は江戸後期の国学者・平田篤胤(あつたね)です。

 事の起こりは文政3年(1820年)、浅草観音堂の前に「寅吉」という15歳の少年が現れます。彼は幼い頃に山人(天狗)によって連れ去られ、弟子として8年あまり生活・修行していたというのです。

 自宅に引き取った篤胤が話を聴いてみると、寅吉の語る異世界はとても不思議で面白く、江戸の識者たちが連日詰めかけるようになりました。そこでの問答をQ&A形式で書き留めた実録インタビュー本、それが『仙境異聞』なのです。

 「どんなところだった?」「何を食べていた?」と、人々は寅吉を質問攻めにします。寅吉もそれぞれに詳しく回答し、天狗の文字や謎の道具について図説するほか、症状別の薬の作り方や山人たちの食事のレシピまで事細かに伝えています。

 「修行中、師匠に連れられて太陽に近づいたら炎の波が噴き出していた(恐らくプロミネンスフレアのこと)」など、現代でないと分からないことを説明していて驚かされる部分もありました。

 他にも「神様はいる。雷獣や龍も見たことがある」と言ったかと思えば、「では浅間山が火を噴くのは神の怒りなのか?」という問いに「いや硫黄が多いからだろ」と妙に現実的な回答をすることもあり、所々でクスリと笑える本です。

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 ちなみにこの本、SNS「ツイッター」のいちユーザーが何気なく紹介したことで一躍話題になりました。しかし既に絶版となっており、出版社に復刊希望が殺到して異例の緊急重版となったのです。

 古い本がこういった流れで復刊することはもはや「奇跡」だそうで、このエピソードにちなんで別名「重版異聞」とも呼ばれているとか。

 校注を担当した大阪大学名誉教授・子安宣邦さんは「文春オンライン」の特集で「急に復刊し、たった2か月で1万部近くの増刷。謎ブームというか、もう『騒動』です。ここまでになることは珍しい」と話されていました。同じく出版関係者も、日経新聞で「この売れ行きはまさに天狗のしわざとしか思えない」と言うほど。

 そんなストーリーを持つ本なのですが、これ以上ご紹介するには到底スペースが足りません。これもネタバレを危惧した天狗のしわざでしょうか。

 当時は門外不出とされていた一冊。この先は手に入れてお確かめください。

(編集部/野中千尋)
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