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取材ノート 2752号(2018/08/06)
旅をし続ける『深夜特急』

中部特派員 山本孝弘
 私は若い頃、東京でフリーターをしていました。お金が貯まるとアジアの街に放浪の旅に出ていました。

 旅に欠かせないのが本でした。日数が決められた「旅行」と違い、「旅」は無限かと思ってしまうほどに時間があります。ましてや異国の地に長くいると日本語に飢えます。その飢えは時に苦痛さえもたらすものでした。

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 アジアの街には、「貸本屋」という便利なものがありました。あらゆる国のバックパッカーが売ったと思われる本がたくさん置いてあるのです。「貸本」といっても借りるわけではなく、料金を払って買い取ります。そして読み終わって持って行くと、また買い取ってくれるのです。これは便利でした。

 マレー鉄道の中で、私は親しくなった日本人と別れ際にお互いが読み終わった本を交換しました。彼はその本(遠藤周作の『沈黙』だったと思う)をマレーシアの貸本屋で買ったと言っていました。

 私はそれを読み終わるとバンコクの貸本屋に売りました。そして新たな本を買い、それをネパールのポカラという街の貸本屋で売りました。本もこうして旅をするのです。

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 当時よく見掛けたのは、沢木耕太郎著『深夜特急』(新潮文庫)でした。

 著者の若い頃の体験を基に書かれたその紀行小説は、今でもバックパッカーの間ではバイブル的な存在です。

 主人公がインドのデリーからイギリスのロンドンまでバスを乗り継いで旅をするのですが、何でもない異国での日常の情景を旅人特有の匂いを持って読者にリアルに感じさせてくれます。旅情豊かな作品です。

 あの時アジアの街角で見た数冊の『深夜特急』のうち、幾冊かは今でもボロボロになって地球のどこかを旅しているかもしれません。

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 そういえば、『深夜特急』は90年代の終わりに大沢たかおさん主演でドキュメンタリードラマにもなりました。井上陽水さんの曲が映像にとても馴染んでいたことを覚えています。そんなことを思い出していたら急に観たくなりDVDをネットで購入しました。

 旅をする大沢さんの姿はかつての自分を見ているようです。魂の記憶が呼び起こされ、すっかり忘れていた旅の出来事が走馬灯のように駆け巡り、今すぐ旅に出たい衝動に駆られました。

 「あの時の自分にそっくりだ。俺もこんな旅をしてたんだ」画面を観ながら、思わずそう呟きました。

 「あなたはあんなにかっこよくなかったはずだよ」 

 冷静な妻のその台詞を聞いた途端、私の魂は急に現実に戻ってきました。

(中部特派員/山本孝弘)
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