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取材ノート 2769号(2018/12/10)
男の名は「左京源皇」、本名です

中部特派員 山本孝弘
 その男の名は「左京源皇」。「さきょうみなもとのすめら」と読みます。苗字が左京です。すらっと読めた人はおそらく競輪ファンではないでしょうか。5年前に引退するまで、左京さんは競輪選手を20年やっていました。

 9月のある日、左京さんが愛知県尾張旭市から私が住む豊橋市までふらっと遊びに来てくれました。その時聴いた話があまりに面白かったので、多くの人に聴いてもらおうと思い、後日人を集めてまた来てもらいました。その時のお話です。

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 左京さんが2年前池袋を歩いていると、銀行から「強盗だ!」の声が。

 逃走しているのは覆面をした2人の大男。左京さんは走り、犯人の一人の肩を捕まえました。しかしそこへカウンターパンチをもらいます。得意の後ろ回し蹴りをしたところ、犯人がそれを素早くカッティング。

 「こいつ格闘技やってるな」とお互いが感じた一瞬の間に、左京さんは前蹴りで犯人を倒し、取り押さえました。

 後日、左京さんは警視庁から感謝状をもらいました。「犯人はルーマニア人のプロのキックボクサーでした」、警察官からそう言われたそうです。

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 競輪は落車による事故が非常に多く、死を伴うことも実は珍しくありません。左京さんも大きな骨折を5度経験しています。また、控え室では一触即発のにらみ合いもあるそうです。

 しかし左京さんはある時からライバル選手へ感謝の気持ちを持つようになりました。さらにお客さんはもちろん、競輪場のスタッフ、自らの身体、自転車、天や地にも常に感謝の気持ちを捧げるようになりました。

 その途端急に落車が無くなり、10年間無事故でした。人智を超えた見えない力の作用があったようです。

 極寒のヒマラヤで死にかけた経験を始め、自身の回りで起こる特異な体験が左京さんの人生を変えていったようです。

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 「競輪の神様」と呼ばれる高原永伍さんという方がいます。左京さんはある研修の後、「キミが左京君か?」と高原さんに声を掛けられたことがあったそうです。雲の上の人なので左京さんは驚きましたが、本当に驚いたのはその後です。

 「キミは最近ヒマラヤに行って死にかけたかい? その時に天に祈りましたか?」 

 その日はヒマラヤから帰って来て日が浅く、誰にも話していなかったにもかかわらずそう言い当てられたのでした。

 左京さんの話はここから信じられない展開を迎え、時間を無くした豊橋の夜はそっと日付を変えました。

 この世はあなたが忘れている世界が真実であったりします。

(中部特派員/山本孝弘)
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