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取材ノート 2780号(2019/03/11)
ミスタードラゴンズ・立浪和義

中部特派員 山本孝弘
 特派員になってから、いろいろな方の取材に行きました。特に先週号に掲載された立浪和義さんの取材は、私にとって格別な思いがあります。

 立浪さんとは歳が1つ違うだけということもあり、入団から引退までのいろんな場面が脳裏に焼き付いています。彼の引退セレモニーでは相手チーム・巨人の原監督が立浪さんに花束を渡しました。その時は立浪さんより私の方が泣いていました。

 引退後に書かれた『負けん気』(文芸社)もすぐに購入しました。

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 話は変わりますが、私は最近よく神社に参拝に行きます。路上に落ちているごみも積極的に拾うようになりました。

 すると不思議なことに、環境に変化が現れました。身の回りのあらゆる問題が解決に向かっていくのです。

 立浪さんの『負けん気』にも、これと似たようなことが書かれていました。

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 立浪さんがPL学園高校の野球部にいた頃、同級生に日本ハム、阪神で活躍したあの片岡篤史さんがいました。ある時期、片岡さんは左投手の球が打てず、思い悩んでいたことがあったそうです。

 何とかしてやりたいと思った立浪さんは、「朝5時半に起きて、一緒に落ち葉掃除をやろう」と片岡さんに提案しました。

 最初はなかなか寮の布団から出なかった片岡さんでしたが、途中から立浪さんよりも早く起き、黙々と掃除をするようになったそうです。

 結局、掃除は落ち葉の無くなる真冬まで続き、その頃には片岡さんの打撃は完全に安定したものになっていたとのこと。

 毎日の掃除と打撃の安定が結びついたことは、今では私にもよくわかります。しかし、高校生だった立浪さんがなぜそれを思い立ち、片岡さんに提案できたのか。それだけがずっと不思議でした。

 もし会えたらずっと聞いてみたいと思っていたのですが、今回の取材でついにその機会が訪れたのです。

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 講演前、私は控え室に挨拶に行きました。

 「すみません、私のほうが年下なのに、22年間ずっと球場で呼び捨てにしていました」、ウケを狙ってそう言おうかと思いましたが、講演前の独特の緊張感と立浪さんのオーラがそれを言わせませんでした。

 でも、かねてからの私の疑問には丁寧に答えてくれました。

 「徳を積もうと思ったんです。人の役に立つことをしよう、と。片岡のために自分は何ができるかなと思った時、浮かんできたのが落ち葉掃除だったんです」

 あれほどの成績を残した立浪さんは、やはり高校生の時から抜きんでた感性を持っていたようです。

 聞きたいことはまだまだ山程ありましたが、時間がありませんでした。いつの日かまたミスタードラゴンズと話せる日を楽しみに、私は今日もごみを拾います。

(中部特派員/山本孝弘)
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