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取材ノート 2789号(2019/05/20)
僕が卒業できた理由(わけ)

中部特派員 山本孝弘
 元号が変わりました。令和になって初めて取材ノートを書きます。

 菅官房長官の新元号発表の瞬間にドキドキした人も多いと思います。

 以前の改元は、私が高校3年生の時のことでした。

 「新しい元号は『平成』であります」。小渕官房長官(当時)のあの発表を昨日のことのようにはっきりと覚えています。

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 以前、歴代の元号をすべて暗記している人に会ったことがあります。「意味がない」と言ってはいけません。歴史好きな彼にとって、元号の暗記は歴史を考察する上で一つの括りとして役立つそうです。

 そういう私は円周率を100桁以上暗記しています。これこそ「意味がない」と笑ってください。

 意味なく暗記したのはその高校3年生の時、昭和最後の初夏のことでした。

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 私は数学が苦手でした。3年生にもなるともう授業はチンプンカンプンで、まるでギリシャ語を聞いているようでした。

 今思えば傲慢ですが、文学部の受験を見据えていた私は、数学の授業をとっくに捨てていました。「時間を無駄にしてはいけない」と思い、英語の単語帳を数学の教科書に挟んで授業中に暗記していました。

 でも要領が悪いので、よく見つかって叱られていました。

 それでも懲りずにやっていると、ある日数学の先生から「今度見つけたらその単語帳を取り上げて焼却炉で燃やす」と最後通告を受けました。

 当時の先生は本当に燃やす人でした。親に言おうものなら、「おまえが悪いんだから自分のお金で買い直せ!」と親にも叱られるのが落ちでした。

 仕方なく、私は数学の授業時間を教科書の後ろに載っていた円周率の暗記に捧げることにしました。

 あれから31年。円周率は今でもすらすら言えます。役に立ったことは一度もありません。強いて言うなら今ここでネタになったことくらいです。

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 しかし問題がありました。元号が「平成」に変わった3学期、「俺って卒業できるのか?」と、日曜日の晩にふと不安になったのです。数学の成績が「あまりにも素晴らしかった」からです。

 月曜日の朝職員室に行き、担任の先生に単刀直入に聞くと、先生は大笑いしながら、「無理、無理! 平成元年度もよろしく」と言いました。

 「もし本当ならそんな言い方をするはずはない」と、ほっとしたのをよく覚えています。すると、先生は次にこう言いました。

 「卒業は無理だ。出す訳にはいかん。だけど元号が平成に変わったからなあ。おまえは特別に恩赦だ。卒業してヨシ!」 

 私は晴れて恩赦で高校を卒業することができました。

 これが青春時代の改元の想い出です。

(中部特派員/山本孝弘)
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