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転載・過去・未来 2672号(2016/11/21)
その7 心が繊細な人~絶望の中を生き抜くことができた人~

歌人・カウンセラー 伊藤一彦
 ヴィクトール・エミール・フランクルという人はドイツの精神科医です。

 ユダヤ人であるために、第二次世界大戦の時、ナチスの強制収容所に送られました。そこでは800万人くらいのユダヤ人が亡くなっていますが、幸いフランクルは生き延びることができ、90歳を超えて1997年に亡くなりました。

 彼はアウシュビッツ強制収容所で経験したことを『夜と霧』という本に書いています。

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 衝撃的だった内容を一つご紹介します。「あの強制収容所で生き延びることができた人たちはどんな人たちだったのか」ということです。

 ガス室に送られたらこれはもう仕方がありません。しかし、ガス室に送られなくても、病気や栄養失調、あるいは絶望的になって多くの人が死んでいきました。

 ところが最後まで生き延びることができた人たちがいる。フランクルはこう言っています。

 「それは頑丈な人と思うでしょ。そうではありません。生き延びることができたのは心の繊細な人々でした」と。

 「心の繊細な人」とはどんな人か。いくつか場面を書いていますが、私の印象に残ったのは、1日の強制労働が終わって、夕食と言えないような夕食が待っている。冬は寒い、夏は暑い収容所です。そして「明日はガス室に送られるかもしれない」という絶望的な状況がある。

 そんな中、きれいな夕焼けが見える。それを見て、1人の人がこう言ったんです。

 「ほら見て。あの夕焼け。きれいねぇ」

 すると「あぁ本当にきれいね。こっちの水たまりにも映っているわよ」と言って、その夕焼けに感動できた人、そういう人が生き残ったというんです。

 豪華な宮殿から見る夕焼けも、死の強制収容所から見る夕焼けも全く一緒です。

 ただ多くの人は強制収容所で見る夕焼けを「それが何になるんだ。いつ殺されるかもしれない俺たちと何の関係があるんだ」と思ってしまう。

 そういう人たちは次々と死んでいったそうです。それは心が自由でなかったということだろうと私は思うんです。

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 岡山県の伊丹仁朗(いたみ・じんろう)という医師が「生きがい療法」を実践しています。

 その先生の考え方は「人は何かに集中しているとき、他のことは忘れる」という理論です。

 たとえば、病気の不安がある。その不安を打ち消そうとすればするほど、逆に不安にとらわれてしまう。

 そこでどうするか。人間の心は一つのことしか思うことができないから、何か他のことに集中すればその不安は消えてしまうのです。

 だから伊丹先生は、患者に「自分の一番好きなことをやりなさい。病院にいたくない人はいなくていい。仕事をしたい人はすればいい。家にいたい人は家にいなさい」と言います。

 山登りが好きながん患者さんたちを連れてアルプス登山をやったりしています。すると、そのことに熱中して、病気のことを忘れちゃうんです。

 フランクルが書いているのもこれと同じだと思います。

 死の強制収容所、考えれば考えるほど絶望的です。だけど夕焼けが美しくてそれに見とれているときはすべてを忘れてしまう。それは心が自由な状態です。

 そういう人をフランクルは「心が繊細な人」と言ったのです。

(1999年2月15日号より)


★このコーナーは過去25年のバックナンバーの中から選りすぐりの記事に加筆し、読み切りで転載しています。
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