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転載・過去・未来 2683号(2017/02/20)
その15 涙の理由~私はこんなに苦しんだことがあるか~

児童文学者 灰谷健次郎
 1996年に山田洋次監督の『学校Ⅱ』という映画が公開されました。北海道の高等養護学校を舞台にして、軽度の知的障がいを持つ「たかし」と、重度の知的障がいを持つ「佑矢」の友愛の物語です。

 たかしは高校を卒業すると社会に出ます。そこで、卒業を前にクリーニング工場で実習をすることになりました。

 ところが失敗ばかりするのです。だからその工場の社長が、西田敏行さん扮する「リュウ先生」に言うんです。「この子は協調心がないし仕事もろくにできない。もう連れて帰ってくれ」と。

 リュウ先生はその社長に言いました。「確かにたかしは飽きっぽかったり、人付き合いが悪かったりするかもしれません。しかしその程度の欠点は、人間誰もが持っているんじゃないでしょうか?どうかもう少し長い目で見てやっていただけませんか」と。

 しかしリュウ先生は、結局たかしを連れて帰ることになりました。

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 ガックリしているたかしをリュウ先生はラーメン屋に連れていき、「腹減っただろう。ラーメン食べろ」と慰めようとします。

 たかしは言います。「いいなぁ、先生は大学出てて」

 「いやいや、俺は働きながら勉強したんだよ。教員試験だって何遍も落っこちたんだぞ」

 その時、たかしの目から涙がこぼれ落ちるんです。

 「先生、俺もっとバカだったらよかったなぁ。だって分かるんだ。バカだからなかなか仕事が覚えられなくて、計算も間違ってばっかりいて、みんなが俺のことをバカにしてるのが。先生、佑矢のほうがいいよ。自分がバカだって分からないんだから」

 すると、リュウ先生はこう言います。

 「そんなことは絶対ない。佑矢の目を見てみろ。あいつは言葉にならない言葉で悲しみを訴え、怒りを表している。あいつがバカだなんて、たかし、それは佑矢を侮辱することだぞ。人間なんだぞ、あいつは」

 その言葉を聞いて、たかしは「あいつはバカだから」と佑矢を侮辱することで自分自身も侮辱していることに気付き、体をかきむしり、テーブルに力の限り自分の頭をぶつけてもだえ苦しむんですね。

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 このシーンを見て、私は涙がこぼれました。たかしの悲しい気持ち、やりきれない気持ち、つらい気持ちを思って涙が溢れたのです。

 だけど涙をこぼしながら、「この涙は、本当は何だろう?」と思いました。

 人は誰でも成長する過程の中で、他人を裏切ったり、他人を傷つけたり、他人を踏んづけたりして、そしてそのことに苦しみながら、少しずつ「人間」になります。

 悲しいことに、そういった経験を私たちはどうしてもしなくてはいけないのです。

 だけど人を傷つけたときに、私はこのたかしのように苦しんだことがあるのか。自分の体をかきむしってテーブルに頭をぶつけるほど苦しんだのかというと、そうは言い切れません。

 そう考えたら、「私はいい年をして、たった高校生の歳までしか生きていないたかしにかなわないじゃないか」と思ったのです。

 しかも私は「人の優しさ」などといったことを考えて、ものを書くことをしている人間です。

 そんな自分がその程度だったのかと考えると、私が流した涙はたかしのために流したのではなくて、自分自身に対して流した悔し涙なんじゃないかなと思ったのです。

(1998年7月6日号より)


★このコーナーは過去26年のバックナンバーの中から選りすぐりの記事に加筆し、読み切りで転載しています。

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