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転載・過去・未来 2685号(2017/03/06)
その17 失敗から掴み出せ~90歳の洋画家が残した言葉たち~

俳優 渡辺文雄
 中川一政さんという大変有名な洋画家のお話です。

 一度目にお会いした時、こんな話を聞きました。

 お葬式で先生があいさつをすることになったそうです。先生の順番が回ってきた時、隣に座っていた有名な美術評論家の方が小さな声で「先生、前のチャックが開いております」と言ったそうです。先生は「うん」とだけうなずいて、そのまま前に出ました。

 みんなの前に立った先生は、おもむろにチャックを上げて言いました。「今、美術評論家なるものが初めて役に立つことを言ってくれた」と。

 その話を聞いて僕が「先生くらいになれば美術評論家は役にも立たないかもしれませんが、若い絵描きが立派な評論家に誉められれば、自信がつくかもしれないですよ」と言うと、先生は言いました。

 「そういうものは自信とは言わない。他人の言ったことを信じるのは『他信』だ。『自信』には大きな花が咲くが、『他信』に花の咲いた試しはない」って。

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 二度目にお会いしたのは先生の誕生日でした。

 先生は毎年、集まった人たちにいろいろなおみやげを配ります。その年にもらったのは先生の手形が押してある色紙でした。

 パーティーが終わる時、先生はこんな話をされました。

 先生は若い時に伊豆半島を旅行したことがあって、のどが渇いて一軒の農家で水をごちそうになったそうです。そしたらその家の壁に手形が一枚貼ってありました。

 「あの手形は何ですか」と先生が尋ねると、家の方が「この村にいる90歳のじいさまの手形です。これを家の中に貼っておくとその家は無病息災なんだ」と答えたそうです。

 「ということで、私も今年で90歳なので手形を押した。こういうご利益のある手形は気合いを入れて押さなければいけない。10枚ほど押したらヘトヘトになった。もうこれまでと思って手を見たらまだ真っ黒だったので『これは手拭き代わり』と思ってぺ夕ペタと10枚押した」

 「それから手を洗いに行って戻ってきたら、気合いを入れて押した手形と、手拭き代わりに押した手形が分からなくなっていた。今日はその20枚を持ってきた。本物をもらった人は絶対に効くけど、ペタペタのほうは効かないと思う。残念ながら私にはどっちがどっちか分からない。終わり」

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 三度目は先生と一緒に唐津で器を作った時です。先生の横で僕もろくろを回しました。

 すると先生が時折僕のほうをチラチラ見るんです。僕は器に神経が向かなくなり、「ダメだ」と思ってそれをギュッと潰しました。その時、先生が「あっ!」と言ったんです。

 「何ですか?」と聞いたら、「何で潰したんだ」と言われました。

 「失敗しましたから」「失敗じゃないだろう。それが今の君なんだよ。第一、失敗したんなら簡単に壊しちゃダメ」、こんなやりとりをしました。

 その時の僕には先生の言っている意味が分かりませんでした。

 後日、宇宙口ケット研究所に行ったら、ちょうど打ち上げに失敗した時でした。

 「まずい時に来ちゃった」と思っていたらロケット技師がこう言ったんです。

 「大きな声じゃ言えないけど、失敗した時のほうが役立つ情報が手に入るんです」って。

 中川先生はこのことを言っていたんですね。「失敗の中から掴み出すものがなかったら意味がないんだぞ」ということだったんです。

(1998年6月15日号より)


★このコーナーは過去26年のバックナンバーの中から選りすぐりの記事に加筆し、読み切りで転載しています。
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