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転載・過去・未来 2747号(2018/06/25)
その79 一人ひとりが日本一~初代黄門さまから教えてもらったこと~

俳優・うっかり八兵衛こと 高橋元太郎
 僕はテレビドラマ『水戸黄門』の「うっかり八兵衛」の役を足掛け31年やりました。

 20歳の時、「スリーファンキーズ」というグループでデビューし、その後、ソ口歌手として独立しました。しかし、歌手としてやっていくことに限界を感じていた頃、『大岡越前』の「すっ飛びの辰三」の役をいただき、それが認められて『水戸黄門』の「うっかり八兵衛」の役をいただくようになりました。

 当時の「黄門さま」は、初代の東野英二郎先生でした。これまでいろんな方が「黄門さま」を演じてきましたが、『水戸黄門』の番組があれほど続いたのは、やっぱり初代の東野先生が演じた「黄門さま」のお陰だと僕は思っています。

 実は、当初の主演は森繁久彌先生の予定でした。でも森繁先生が出られなくなり東野先生にお話が来たんです。

 東野先生はプロデューサーに、「私は、お百姓さんと一緒に泥だらけになって田植えをしたり、肥を担いだり、そんな人間・水戸黄門を演じたい」と言ったそうです。

 そんな「水戸黄門」を見て、歴史の専門の先生たちから「あんなのは水戸黄門じゃない」と言われました。

 でも『水戸黄門』の視聴率は回を追うごとに上がり、平均視聴率20%、最高視聴率43%の長寿番組となりました。東野先生の「人間・水戸黄門」に、皆さんの心が動かされたからです。

 全国を回ると、多くの方から「元太郎さん。黄門さん、観てますよ」と言われます。「黄門さま」じゃなく「黄門さん」なんですね。きっと親しみのある仲間のような感覚なのでしょう。それが、『水戸黄門』が視聴者の心をつかんで離さない要因だと僕は思います。

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 僕は歌手出身なので、ずっと演技に対するコンプレックスがありました。だから演じる時はいつも「NGを出しちゃいけない」「周りに迷惑をかけちゃいけない」と、がむしゃらに「八兵衛」を演じていました。

 でもある時、東野先生から言われたんです。

 「元ちゃん、一生懸命努力すれば山のてっぺんに行くことはできる。でもさらに上に行くために大事なのは人柄だよ。その人にしかない人柄が出た時、誰にも負けない、素晴らしい演技ができるんだよ」と。

 「そうか、僕のこの背の高さ、この顔、この声こそが僕なんだ。演技の中にその僕自身を出すことが大事なんだ」と気づきました。

 それからストンと肩の力が抜けました。そして「ご隠居、腹減ったぁ~」という、皆さんおなじみのあのセリフが自然に言えるようになったんです。

 その頃からでした、「あなた、あの八兵衛さんじゃない?」と声を掛けられるようになったのは。皆さんに「八兵衛」としての僕の存在が認められてきたんだなと感じました。

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 書家の相田みつを先生の作品に「トマトはいくらがんばってもメロンにはなれない」「トマトをメロンにみせようとするからにせものになる」という文があります。

 僕もたくさん無理をしていたんですね。でも「日本一の八兵衛」「日本一の高橋元太郎」になろうと思うことで楽になりました。

 皆さん一人ひとりが日本一です。みんなにいいところがある。大人は子どもの「そこ」を探してあげましょう。見てあげましょう。そして褒めてあげましょう。教育にはそれが大事なんです。

(2003年11月24日号より)

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