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転載・過去・未来 2781号(2019/03/18)
その107 抑制の美~勝者は敗者の胸中を察して…

元NHKアナウンサー/相撲評論家 杉山邦博
 これまで60年以上相撲を見続けてきて、あえて言うならば「二人半」、ガッツポーズをした人を私は覚えています。

 一人目は高見山。彼は、ホームシックになるといつも一番安い山手線の切符を買って電車に乗り、窓の外を眺めて気持ちを沈めていたそうです。

 その彼が、辛抱と努力で1500回連続出場を記録した日、派手にガッツポーズをしました。

 「あっ、高見山、土俵の真ん中でガッツポーズをしております。日本大相撲史上初めて見る光景であります」と私は実況しました。

 二人目は逆鉾。彼が横綱隆の里に勝った時に派手にガッツポーズをしました。

 彼が支度部屋に戻って新聞記者とニコニコ談笑しているところに協会の事務員さんが入ってきて、「逆鉾関、帰りに理事長室に寄るようにとのことです」と言いました。

 国技であり伝統文化の一つである大相撲の世界では、「勝負がついた瞬間、勝者は敗者の胸中を察して過ごすべし」といわれます。

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 「おまえがガッツポーズした時に負けた相手がどんな気持ちでいるか考えてみろ。ましてや相手は横綱だ、失礼千万だ」と、逆鉾は理事長から叱られました。

 勝負の最中は対等ですが、勝負がついたその瞬間、勝者は敗者の胸中を察して過ごさなきゃいけない。「ましてや相手は先輩で、そのお陰でおまえは強くなれたんだろう。そんな相手を前にガッツポーズするなんて、とんでもない」ということです。

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 では、残りの「半」は誰か。平成4年の5月場所で優勝した曙です。

 千秋楽、若花田を寄り倒しました。「寄り倒し、曙の勝ち。曙、初優勝です。同時に間違いなく大関を手にいたしました」と実況したその時、曙が両手を上げガッツポーズをしかけたのです。

 「あっ、やってしまった!」と思いました。しかしその瞬間、「勝者は敗者の胸中を察して過ごすべし、だ。まして自分は大関になろうという立場。いけない」と思ったに違いありません。

 彼は、上げた手をそのままスッと若花田に差し伸べ、相手を引っ張り起こしました。だから「二人半」なのです。

 今、いろんなスポーツでガッツポーズをしている姿を見かけます。そのすべてを否定するつもりはありません。でも時と場合によっては、相手の気持ちを考えることがあっていいと思います。

 日本の精神的な支柱はいくつかありますが、その一つが「抑制の美」です。大相撲の中にはその美学があるのです。

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 勝利のインタビューを受ける時、大抵の力士は、「はぁはぁ…夢中でした」「はぁはぁ…まぐれです」と、こんな受け答えばかりをします。決して手放しで言いたい放題のことは言いません。

 それを見ながら、「せっかく勝ったのに、どうして力士っていつも同じようなことばかり言うの。面白くない」と思う方もいらっしゃるかも知れません。

 しかし、彼らがその時に思っているのは、「負けた相手の気持ちに立つ」ということなのです。

 「抑制の美」を大切にして、勝負がほんの一通過点に過ぎないことを自覚しながら、さらにそこを越えて自分の成長を考えているのです。

 つまり、彼らは相撲を一つの「道」として捉えているのです。

(1998年4月20日号より)


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