転載・過去・未来 2785号(2019/04/15)
その111 水と緑と土~「安定的」に水を流す森林の貯水力~
立正大学名誉教授 富山和子
日本語には、「水臭い」「水かけ論」「水入らず」など、外国語に訳せない独特な表現があります。それだけ日本は、水をめぐる緊密な関係の文化を持っていたのだと思います。日本は地形が急で、降った雨はすぐに海へと流れ、土地はすぐに渇きます。「降れば洪水、照れば渇水」、これが日本列島なのです。
ところが、日本人は、そんな急流の暴れ川の氾濫原に土地利用を求めました。
氾濫原ということは、「そこに豊かな水がある」ということです。こうして日本人は、付き合いにくい川と巧みに付き合う独特の文化を育ててきたのです。
では、どう付き合ったか。大雨の時には、川の上流を溢れさせ、下流を鉄砲水の被害から守りました。
ですから昔は、溢れてもいいように、川の周りは田畑や竹林、森林でした。つまり水田は、降った雨を受け止める遊水地だったのです。
こうして、降った雨は水田から地下へと浸透して地下水となり、川へと流れ出ます。その川から用水を引いて稲作を行い、使い終わるとまた川へと流す。このように水は繰り返し使われました。
だからこそ、稲作という大量に水を使う土地利用ができたのです。水田は、「治水と利水の多目的ダム」だったのです。
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昭和39年、真夏日の連続で、雨が一滴も降らず、東京が記録的な大渇水となったことがありました。当時、東京の唯一の水瓶であった多摩川の上流の小河内ダムも空になりました。
しかし、ダム周辺の2万ヘクタールの森林から、一日30万トンの水が毎日同じ量だけ流れ出てきました。これは百万都市を養うことができる量です。この水が都民の命水となりました。
森林は、何百年も前に降った雨を受け止め、安定的に流れ出してくれたのです。この「安定的」というのがすごくて、他の資源とは決定的に違う特長です。
地下水の移動速度は非常にゆっくりです。浅い地下水は一日1メートル、深い地下水となると、1メートル移動するのに1年かかります。
皆さんが今飲んでいる水は、江戸時代の雨水か、もっと昔の雨水かもしれないのです。
私は、都市に住む人たちにいつも言っています。「下流に住む住人たちは、上流の山村がいかにいきいきとした村づくりができるかを一緒に考えましょう。それが皆さんの家の蛇口の水を考えることですよ」と。
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今から45年前に『水と緑と土』という本を書きました。この言葉は私がひねり出した言葉で、「水と緑と土は同義語」という意味です。
考えてみてください。水のない場所といえば、砂漠や裸の岩山でしょう。そこに緑や土はありませんよね。
緑のない場所とはどこですか。水と土がない砂漠や岩山ですよね。土のない場所も、水と緑のない砂漠や岩山です。
緑を失えば、その文明は滅びるしかないのです。これは「土壌の生産力を失って滅びる」ということでもあるし、「水を失って滅びる」ということでもあります。
豊かな水、豊かな森林、豊かな土と共に生きる。それが文明が生き残っていく道なのです。
地球環境問題の究極はこの問題に行き着くと私は思っています。
(1998年1月26日号、2月2日号より)

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2785号