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転載・過去・未来 2788号(2019/05/13)
その114 人生はこんなふうになっている~田舎の会社を世界一にした男~

魂の編集長 水谷謹人
 終戦直後、物がなかった時代は、作った物は何でも売れた。

 60年代に入り、物が溢れ出し、作った物を如何に売るか、営業力が売上げを左右する時代になり、製造業は市場を海外に広げていった。

 長野県松本市でギターやヴァイオリンを作っていた「富士弦楽器製造」(現・フジゲン㈱)の社長、三村豊さんは、専務の横内祐一郎さんにアメリカ行きを命じた。 

 英語のできない横内さんに、「店に入り、ギターを見せて、『買ってください』と言えばいいんだ」と言って送り出した。

 ニューヨークに着いて、横内さんは電話帳で探した楽器店125軒に、4本のギターを抱えて一軒一軒飛び込んだ。英語でセールストークはできたが、ヒアリングができなかった。唯一聞き取れた英語は「ゴーホーム(帰れ!)」だった。

 門前払いの日々が続いた。「アポイントなしでは話ができない」ということが分かったのは3か月経った頃だった。

 アパートから電話でアポイントを取る。だが、「来い」なのか「ダメ」なのか分からない。とりあえず行くと、「電話で断ったじゃないか」と怒鳴られた。その頃、持参金が残り少なくなり、1日1食、ホットドック一つになった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 さらにひと月が過ぎた。ある日、鏡を見たら、痩せこけた惨めな自分がいた。涙が溢れた。

 4か月分の悔し涙を出し切って、もう一度奮起し、アパートを出て店に飛び込んだ。それでも相手にされなかった。6軒目の店では2人の店員に両脇を抱えられて追い出された。

 「やるだけのことはやった」と思った。セントラルパークのベンチに座って沈む夕日を眺めていたら、ふるさとの年老いた母親が自分のために祈っている姿が浮かび泣けてきた。

 そこに中年の男性が通りかかり、「なぜ泣いているのか」と聞いてきた。横内さんは思わずその男性の胸に飛び込んで泣いた。散々泣いた後、「自分は仕事でアメリカに来たが、会話ができずうまくいかない」と片言の英語で話した。

 男性は「妻があなたのお役に立てるかもしれない」と言って、家に案内してくれた。

 その晩、横内さんのために夕食と部屋が用意された。翌朝から英語の特訓が始まった。

 「教え方がうまかった。奥さんの言っている英語が全部分かるんだ。英語ってこういうふうにできていたのかと驚いた」と横内さん。その家に2週間滞在した。

 10日経った頃、夫人が「ベトナム戦争についてどう思う?」と聞いてきた。横内さんは夢中で自分の意見を話した。自分でも驚くほど10分以上も英語で話していた。

 夫人は、話し終わった横内さんを抱きしめ、「ものすごい進歩よ」と言って涙を流した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 不思議なことが起きた。アパートに戻り、最初の電話でアポイントが取れ、店に行くと、300本のギターの注文が取れた。ハンカチで涙を拭きながら受注書を書いた。店を出たら、びしょびしょに濡れたハンカチから水滴がしたたり落ちた。

 「人生ってこんなふうになっているんだ」と横内さんは天を仰いで思った。

 その後、2か月で全米を回り、約1万本、20万ドルを成約させた。ニューオリンズではギターの神様ジョージ・ベンスンと出会った。後に彼は「フジゲン」のギターを愛用するようになり、「フジゲン」のギターは一気に世界のブランドになった。

(2014年11月10日号の社説より)


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