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転載・過去・未来 2793号(2019/06/17)
その119 純粋な心の素朴な疑問~乳首の穴は何個か、大問題だ~

魂の編集長 水谷謹人
 戦後間もない1948年、大学を卒業したばかりの無着成恭(むちゃく・せいきょう)さんは、山形県の奥深い山村にある山元小・中学校に、国語の教師として赴任した。

 授業で自分たちの生活を作文で表現する「生活つづり方運動」に取り組んだ。「貧しさは恥ずべきことじゃない」と、ありのままの生活を書かせた。

 中学2年の江口江一君の作文『母の死とその後』が、全国作文コンクールで一位となり、文部大臣賞を受賞した。

 江口君は、母親を亡くす数年前に父親を亡くしていた。母親が亡くなった時には多額の借金だけが残った。妹と弟はよその家にもらわれていった。そんなことが作文につづられていた。

 子どもの澄み切った眼を通して世の中を見るという教育的試みだった。江口君は作文の最後にこう書いている。

 「お母さんのように働いてなぜゼニがたまらなかったのか。僕は真剣に勉強することを約束します」

 1951年、この作文などを収めたクラス文集『山びこ学校』が発刊され、ベストセラーになった。その翌年、『山びこ学校』は映画化され、一世を風靡(ふうび)した。

 だが、それは裏目に出た。「村の恥を世間にさらした」と、地元の人たちからものすごい非難を浴び、無着先生は教壇を去らざるを得なくなった。

 無着先生は上京し、仏教系の大学に編入して仏教を学び、僧侶としての道を歩み始めた。

 その後、1964年から始まった『ラジオ全国こども電話相談室』の回答者としてメディアに登場した。山形弁の語り口の温かさと、どんな質問にも即答する豊富な知識が人気を呼んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 先週、NPO法人「ホームホスピス宮崎」が主催する講演会で無着先生の話を聴いた。開口一番、無着先生はこんな話をして参加者を驚かせた。「今大事なことは乳首には穴が何個空いているかです。これは大問題なんです」

 『こども電話相談室』に掛かってきた質問だという。我々大人はそんな疑問を持ったことがあるだろうか。純粋な心が感じた素朴な疑問に無着先生は感動したのである。

 無着先生が山元中学校の教師だった一時期、「勝手だべ」という言葉が流行っていた。喫煙が見つかって怒られた時、生徒は「勝手だべ」と言った。掃除をサボって怒られても「勝手だべ」と言って逃げた。

 ある年の卒業式で、卒業生代表の佐藤藤三郎君はこんな答辞を読んだ。

 「…はっきり言います。私たちはこの3年間、本物の勉強をさせてもらいました。たとえ試験の点数が悪かろうと、私たち43名は本物の勉強をさせてもらったのです。それが証拠に今では誰一人として『勝手だべ』と言う人はいません。私たちの骨の中心までしみ込んだ言葉は『いつも力を合わせていこう』『働くことが好きになろう』『どんなことにでもなぜ?と考えよう』ということでした。…人間の値打ちというものは、『人間の為に』というひとつの目的に向かって仕事をしているかどうかによって決まってくるもんだ、ということを教えられたのです…」

 10代の時に、「師」と呼べる人に出会える。これ以上の幸せがあるだろうか。これ以上の学びがあるだろうか。

 ちなみに、哺乳瓶の乳首の穴が1個なのに対して、お母さんのは15個から20個なのだそうだ。

(2008年12月1日号社説より)


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