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転載・過去・未来 2800号(2019/08/12)
その126 死にゆく子どもを救え~「うちの子は本当に幸せでした」~

NPO法人ジャパンハート代表/医師 吉岡秀人
 ライン・ミョウが初めて診察に来た時、スタッフが言いました。

 「先生、化け物が来ました!」

 顔の半分くらいの大きさの腫瘍を抱えた彼は、生まれた時からずっとそんな目で見られていたのです。

 だから、彼も親もその顔を治したくて11歳の時、現地の病院に行きました。診てもらうと、腫瘍はすでにがん化していました。

 彼が私のところにやってきたのはその2年後です。がんは転移し、手術しても余命1年の状態でした。

 彼は「普通の顔になりたい」と言いました。母親も「この子の顔を治したい」と言いました。悩んだ末、私は手術を決断しました。

 その願いは、彼がずっと抱いてきた唯一の夢であり、家族の夢でした。その願いを「一瞬」でも叶(かな)えてあげたいと思ったからです。

 しかし、あまりに出血が多かったので、手術は途中で断念せざるを得ませんでした。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 私は、「彼に伝えなきゃいけないメッセージが二つある」と思いました。

 一つは「君は化け物じゃない」、もう一つは「あなたは家族にとって大切な子ども。私たちにとっても大切な友だち」です。この二つを、どうしても死ぬ前に彼に実感してほしいと思ったのです。

 その想いを一人の日本人看護師に託しました。「毎日あの子の家に行ってくれないか」と。

 でもそれは決して簡単なことではありません。当時のミャンマーの軍事政権は、外国人が村に泊まることを禁じていました。だから夜は必ず帰り、翌日また行かなければなりません。

 村までの道はとてもぬかるんでいて四輪駆動車でも途中で降りて押さなければいけませんでした。さらに船を乗り継ぐので、帰りはいつも深夜でした。

 そんな毎日数時間の睡眠の中で、彼女はずっとがんばって通ってくれたのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ライン・ミョウは、やがて物を食べられなくなりました。でもその看護師が来た時だけは食べてくれました。そして、いつも横になって寝ているのに、看護師が帰る時だけは立ち上がって見送ってくれました。

 彼が亡くなる前、看護師から2通のメールが届きました。

 「雨が降り、会えない日にはライン・ミョウは泣いてくれます。こんなにも雨が切なく感じる日はありません。ガーゼの交換中に、自分にたかるハエはさしおいて、私の虫刺されだらけの足がさらに虫に刺されないように、うちわで追い払ってくれます。…あと何回こうやって一緒に歩けるのかと思うと、その一回一回が愛おしくて心がちぎれそうです。早く会いに行きたいです」

 「ライン・ミョウは歩けなくなってしまいました。…私が訪問した時以外は食べていないとお母さんが話していました。…腫瘍が大きくなりすぎて笑いにくくなった顔で、私の顔を見て笑ってくれました。…彼を愛おしいと思う気持ちにブレーキがかかりません。朝の瞑想時間はいつしか『雨が降らないように』と祈る時間になりました。ミャンマーの神様にお願いするために新しいミャンマー語を覚えました。『モーマユーバーゼーネ(雨が降りませんように)』」

 この2通目のメールの翌日、彼は亡くなりました。

 亡くなった後、彼の母親がやって来て「うちの子は本当に幸せだった」と何度も言ってくれました。

(2016年1月1日号より)


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