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転載・過去・未来 2807号(2019/10/07)
その133 苦い思い出を笑い話に~人はなぜ挫折を経験するのか~

魂の編集長 水谷謹人
 つらかったこと、悲しかったこと、惨めだったこと、そういう過去がずっと後になって笑いながら話せるようになることがある。

 フォークグループ「海援隊」のコンサートで、武田鉄矢さんもそんな過去を話していた。今まで一番やりにくかったコンサートは、とある特別養護老人ホームでの慰問コンサートだったという。

 後ろのほうは比較的元気なお年寄りだったが、前のほうはただ無表情で座っているお年寄りで、最前列には4台のベッドが置かれ、その中に寝たきりのお年寄りがいた。4人とも目を閉じて動かない。まるで4体の遺体の前で歌っているような感じだった。

 2、3曲歌った後だった。ベッドに寝ていた1人のお年寄りの目が開いた。首を90度に起こし、武田さんのほうを向いて、かぼそい声でこう言った。

 「ちょっと静かにしてください」

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 一番悲しかったのは、12月の猛吹雪の夜に行われた東北地方の、とある町でのコンサート。2000人収容の大ホールに観客は高校生くらいの若者たち15人だった。気まずい顔をしていた。それでも最前列に座り、みんな手をつないでいた。

 武田さんは胸が締め付けられた。「寒いよなぁ。そうやって手をつないで温まっているんだよね」と声を掛けたら、「いえ、さっき途中で帰りそうな奴がいたので帰らないように手を握っているんです」(笑)

 コンサートが終了するや否や、海援隊の3人はお礼を言おうと出口に並んだ。1人が握手をしながら東北弁で言った。「武田さん、オレ、今夜のことは学校に行っても誰にも話しませんから」(笑)

 人気絶頂の頃、海援隊のコンサートには1万人を超える観客が入ったそうだ。

 「でもね、あの頃、僕らはあんまり幸せじゃなかったんですよ。楽屋に戻っても話すこともなくブスッとしていました」

 「振り返ると、いい思い出はお客さんが入らなかったコンサート、入ってもウケなかったコンサート、とてもやりづらかったコンサートばかりです」と言って苦笑していた。

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 浮き沈みは芸能界の常である。いや、誰の人生にも調子のいいときもあれば、努力が報われないときもある。むしろ挫折や失敗のほうが多いのではないだろうか。

 だからこそ我々は武田さんのつらい思い出話に共感できて、一緒に笑えるのだと思う。

 セラピストの石井裕之さんが次のような話を自身の著書『大切なキミに送る本』に書いていた。

 少しくらいのリフォームだったら家の一部を改築するだけで済むけど、2階建てを3階建てにしようと思ったら、一度全部壊して建て直さないといけない。2階建ては2階建ての耐震構造でしかないから、そのまま3階建てにすると大きな地震が来たとき、それに耐えられないというのだ。

 人間も、イメージチェンジ程度なら髪型や洋服を変えるだけでいいが、人間として大きく成長する時は、それまでの経験が全否定されるほどの挫折を経験する。それは、より大きな試練にも耐え得る「3階建て」の構造になるために、根本から造り直さなければならないのと同じだ。

 「フォークソング狂いのバカ息子」だった武田さんが、40歳を過ぎた頃から映画やテレビドラマで重要な役を演じられる大物俳優になれたのは、あの過去を笑って語れるようになれたからだろう。
 挫折や苦悩は更なる成長のためにあるんだなと思う。

(2010年11月22日号社説より)


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