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転載・過去・未来 2827号(2020/03/09)
その151 「ばんざーい」おばあちゃんの最後の叫び声

毎日新聞社会部記者 萩尾信也
 新聞記者という仕事は、人の営みや心の有り様を記す仕事だと私は思っています。

 だから、ときに人の心の中に手を突っ込んでかき回してしまうことがあります。何度も申し訳ないと思いながらやってきました。東日本大震災での取材でも、振り返れば、皆さん本当によく私に話をしてくださったと思います。

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 震災で身内を亡くした多くの人たちから、「亡くなった人を見た」という話をたくさん聞きました。

 お父さんを亡くした小学3年生の男の子には幼稚園児の妹がいます。妹はお父さんが亡くなった後も、頻繁にお父さんを見ていたそうです。お通夜の時にもお父さんが花のところに座って笑っていたと言います。

 私はお兄ちゃんに聞きました。「君は見たことないの?」

 彼は恥ずかしそうに、「天体望遠鏡をのぞいていたら星の間にお父さんが笑っていた」と言いました。

 幼稚園に通う娘2人と、奥さんを亡くした40代の男性がいます。彼は小学生の息子と2人、生き残りました。

 仮設住宅に入った後、その息子と誓いを立てました。「あの世で再会するまで思い出をいっぱいつくろう」。私がもらった大切な言葉の一つです。

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 津波で74歳のおばあちゃんを亡くした家族にも会いました。

 震災が起こった時、家にはおばあちゃんとおじいちゃんとその次女、それから長女の娘がいました。長女の娘には障がいがありました。長女は保育園に勤めに出ていて留守でした。

 大きな揺れが来て、家族は高台へ逃げようとします。おじいちゃんは家の前に車をつけました。エンジンをかけて待っています。次女は、長女の娘がパニックを起こさないように手を引いて一歩一歩誘導しました。

 おばあちゃんは携帯電話を探していたそうで、なかなか家から出てきません。やっと玄関から出てきた時、津波が後ろから防潮堤を乗り越えてやってきました。おばあちゃんはそれに気付きました。そして叫びました。

 「行げー! おらのことはいいがら振り向かねえで行げー!」 

 おじいちゃんはその瞬間にアクセルを踏みました。急発進した車は高台に走りました。後ろから聞こえたそうです。「生ぎろよー! ばんざーい! ばんざーい!」

 それから数日後、長女は避難した3人と再会しました。しかしそれからずっと彼女は苦しみ続けます。

 「どうしてお母さんを置いて逃げたのか」という父と妹に対する怒り。「自分の娘に障がいがなかったらお母さんは助かったんじゃないか」という気持ち。それでずっと心が揺れ続けるのです。彼女は、亡くなった母親の後を追って死にたいとまで考えました。

 しかし、そう思った彼女を踏みとどまらせたのは、母親の最後の叫び声でした。お母さんは、自分の命を投げ出しても家族に「生ぎろよ」と言い、車に乗っていた3人に「行げー!」と言った。その言葉の先には自分がいたのではないか、と。

 時間とともに彼女の気持ちはそのように変化していきました。

(2013年1月1日号より)


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