転載・過去・未来 2829号(2020/03/23)
その152 自分の可能性をなめるな~命の使い方を教えてくれた先生
魂の編集長 水谷謹人
農業をやりながら講演や筆文字講座で全国を飛び回っている「たまちゃん」は、昔、「小玉宏」と呼ばれ、宮崎県教育委員会の中間管理職だった。40代でその「殻」を脱ぎ、「たまちゃん」になっていくのだが、これからする話は、「殻」を脱ぐ前の話である。変態とは彼のことを言うのだろう。そもそも「変態」の本当の意味を教えてくれたのは、かつて理科の教師をしていた「たまちゃん」だった。「変態とは生物学用語で、幼虫がサナギに、サナギが成虫になることです」と。
小玉宏は高校1年の時、落ちこぼれていた。進学校なのに勉強する気力がなかった。「おまえの目は腐っとる」と先生から怒鳴られたこともあった。
腐った目のまま3年生になった。新学期最初の全校朝礼で新任の先生が紹介された。その中に一風変わった先生がいた。その化学の先生は新任なのに「おじさん」だったのだ。
やがて受験のための補習授業が始まった。彼はその化学の先生の補習を受講することにした。しかし、内容はつまらなかった。先生は淡々と説明するだけだった。
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数日後、何気なく化学のノートを見直していたら、あることに気付いた。問題が違うのに解き方のパターンが同じだった。咄嗟に机に向かって化学の問題に取り組んだ。すると今までできなかった問題が面白いように解けた。2か月後、化学だけ学年トップになった。
それからというもの、その化学の先生に憧れるようになった。
ある日、先生に出身大学を聞いたら、「広島大学」と言われた。それで志望校を広島大学にした。担任の先生に伝えると、「ふざけるな。おまえには無理だ」と言われた。
広島大学の化学系の定員は12名。全国模擬試験の結果、小玉宏は受験者86人中86番だった。「5千人中5千番なら諦めるけど、80人くらいなら抜けるんじゃないか」と思った。半年間、猛勉強した。
合格発表は高校からの電話だった。掛けてきたのは「おまえの目は腐っとる」と怒鳴った先生だった。「おめでとう」と言った後、先生は電話口で男泣きに泣いた。
時は流れ大学2年の秋、教授から「大学院に進んで研究者になるか、教師を目指すか決めなさい」と言われた。高校の時に自分の進路に影響を与えた化学の先生に相談しようと思い、帰省した。
高校に先生を訪ねると、「2週間前に亡くなられました」と言われ、驚いた。
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あの先生は化学関連企業の技術者だった。ある日、会社の健診にひっかかり、末期がんを告知された。「若い人に化学の素晴らしさを伝えるために残りの人生を使いたい」と退職し、高校の先生になったのだった。
「先生は命の使い方を見つけたんだ。先生の思いを受け継いで理科の教師になろう」、小玉宏は決心した。
というわけで、彼の最初の「変態」は落ちこぼれから理科の教師になるまでの話。次なる「変態」はその20年後、退職して全国に羽ばたく「たまちゃん」になる話なのだが、それはまた別の機会に…。
変態とは、一定の期間を過ぎると、同じ生物とは思えないほどとんでもない姿になること。
命にはそんな可能性が潜んでいる。昆虫の話ではない。人間の話である。たまちゃんは言う、「自分の可能性をなめるな」と。
(2017年8月21日号社説より)
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