ホーム記事一覧転載・過去・未来

転載・過去・未来 2831号(2020/04/13)
その153 赤飯の恩~「今朝、すずめの上前はねてきた」~

落語家(故人) 桂小金治
 昭和22年1月12日、桂小文治師匠の弟子にしていただき、「桂小竹」という名前をもらいました。

 家に帰っておやじに報告すると、とても喜んでくれました。

 「お前、いい名前もらったなぁ。小さな竹か。『大きな竹にすくすく伸びろ』ってことだ。竹には節がある。節がないと雪に折れる、風に負ける。節は竹が自分でつけるんだ。節をつけて強く生きてけ。おめでとう。お祝いに明日赤飯炊いてやろう」って。

 とてもうれしかった。でも、「おやじの奴、ウソついたな」と思いました。

 「赤飯炊く」って言ったって、家にお米がないことは僕が一番知っています。

 当時お米は配給で、お米をもらったらすぐに売りにいくんです。そのお金でさつまいもやじゃがいもを買って「食い延ばし」するんです。

 おととい僕がお米を売ったばかりでした。だから家にはもう一粒の米もないはずです。だから赤飯なんか炊けるわけがないんです。

 「おやじは僕を喜ばせたい一心でつらいウソをついたんだな」と思いながら、せんべい布団に包(くる)まって寝ました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌朝、いつものお膳の上に小さなお鍋が乗っていました。ふたを開けると、2合近いご飯に色紅が落としてありました。

 もち米も小豆も入っていませんが、それはまぎれもなく「赤飯」でした。おやじは昨日の言葉通りちゃんと「赤飯」を炊いて祝ってくれたんです。

 「父ちゃん、この米どうしたの?」と尋ねると、おやじは、「お前の門出を祝って俺ができるのはこれくらいのことだ。今朝、米屋の前で掃き集めてきた。きれいに洗ってるから安心して食え」と言いました。

 当時のお米は俵に入れられ、運んできたトラックから手鉤(てかぎ)で引っ掛けて下ろすんです。その時にどうしても俵のすき間からお米が何粒かこぼれてしまうんです。

 そのこぼれたお米が、お米屋さんの前のコンクリートのすき間に挟まったりするんです。おやじは暗いうちに起きて、そのこぼれているお米をほうきとちり取りで掃き集めてきてくれたんですね。

 でも、こぼれるのはほんの数粒ですから、一軒の店で集められるのは一握りのお米です。

 僕はその約2合のご飯を見つめながら、「これを集めるのに、おやじは何軒、何時間、この寒空の下を歩いてくれたんだろう」と思い、胸がいっぱいになりました。

 涙がポロポロこぼれて、ご飯がなかなか口に届きませんでした。

 おやじはそんな僕を見て、「しっかり食え。今朝すずめの上前はねてきたんだ。残すとすずめに叱られるぞ」と力づけてくれました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 
 親ってありがたいもんですね。わが身を犠牲にしてでもわが子を懸命に育て上げようとしてくれる。僕はこの時思いました。

 「俺はこの赤飯の恩に応えるぞ。おやじの心に報いるぞ。ほかの誰かが落語を5つ覚えたら、俺は10覚える。誰かが10回稽古をしたら、俺は20回稽古をする」

 そうやって「稽古、稽古」と自分を励ましながら毎日寄席に通いました。

 わが子のやる気を奮い立たせるのは親の思いなんですよ、皆さん。

(2000年1月10日号より)

この記事をシェアする
Web日本講演新聞
2831号
    カレンダー
    <前月  2020年04月  翌月>
     
     
     
    1
    2
    3
    4
    5
    6
    7
    8
    9
    10
    11
    12
    13
    14
    15
    16
    17
    18
    19
    20
    21
    22
    23
    24
    25
    26
    27
    28
    29
    30
     
     
    ブログ
    • 水谷もりひとブログ
    • くるみノート
    • とね書
    • スタッフブログ