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転載・過去・未来 2834号(2020/05/04)
その155 いのちのバトンタッチ~「あ~ええ風が吹いてきた」

声優(『サザエさん』のマスオさん役) 増岡弘
 私は埼玉県岩槻市(現・さいたま市)に農家の次男坊として生まれました。

 「いいか、弘、百姓というのは百の仕事をするから百姓なんだぞ」。これが父の口癖でした。

 父は米や麦、粟(あわ)、稗(ひえ)、そして綿まで作っていました。その綿で子どもたちの寝るふとんまで作っていました。

 父はまたこんなことも言っていました。「普通の百姓は作物を作る。悪い百姓は雑草を作る。そして良い百姓は土を作る」と。

 子ども時代には違いが分かりませんでしたが、今なら分かります。良い百姓が作る「土」とは、「良い作物が育つ良い環境」ということです。

 来年、再来年のため、そして次の世代にも良い作物ができるように「良い土」を作る。私たち親が子どもたちのためにやるべきことも、まさにこの「良い環境づくり」だと思います。

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 当時は貧しい時代でしたので、お弁当を持ってこられない同級生が何人かいました。それを見て先生が言いました。

 「お前たち、弁当忘れたんか。先生は新婚だから奥さんが『これも食べろ、あれも食べろ』って腹いっぱい食わせてくれるんだ。だから俺の分を分けて食べな」と。

 先生は、彼らが貧しくてお弁当を持ってきていないと知っています。でも、「弁当、忘れたんか?」と言ったんです。あの先生の温かな気持ちのこもった言葉は、何十年経った今でも鮮明に覚えています。

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 うちは内緒でどぶろくも作っていて、父は私に「飲むんじゃないぞ」と言っていました。でも、そう言われると逆に飲みたくなるもので、隠れて飲んでいました。

 ある時、飲んだことを父に見つかってしまいました。

 父は、「飲むなというものをどうして飲んだ。ここに座れ。目をつぶれ」と言いました。

 私は「叩かれる」と思いながら薄目を開けて見ていました。父はグローブのような大きな手を握り、げんこつを作りました。

 でもいきなりゴツンとはしません。げんこつを自分の息で「ハーッ」と温め、それからゴツンとしました。

 昔の親はそうやって、必ずげんこつに「ハーッ」と温かい息を吹きかけ、「子どもだから悪いことをするのは仕方がない。けれど、悪いことは悪いことだ。だから天に代わって今から叩くぞ」という思いを込め、それからゴツンとしたのです。

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 私は子どもの頃、父の農業の手伝いをしながらいつも、「こんなくそ暑いのになんでこんなこと…」と思っていました。

 でも、そんな私が今、所沢で農業をやっています。約300坪の畑を無料で借り、耕運機も2台あります。

 働いて汗をかいてひと休みしていると、すーっと気持ちのいい風が吹いてきます。エアコンでは出せない自然の心地よい風です。

 その時思い出しました。父がよく農業をしながら、「あ~、ええ風が吹いてきた」としみじみ言っていたことを。

 私は、「これこそ自然相手に汗水たらして働く中で味わえるプレゼントだ」と思いました。そして父の「いのちのバトン」を受け取れたように感じました。

(1998年3月16日号、2009年8月3日号より)


 増岡さんは今年3月21日、直腸がんのため逝去されました。謹んでご冥福をお祈りします。
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