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転載・過去・未来 2837号(2020/05/25)
その157 時勢に負けた宮本武蔵~時代の転換期に備えるべきこと

魂の編集長 水谷謹人
 日本人なら誰でも「宮本武蔵」という名前くらいは知っているだろう。しかし武蔵は「何かを成し遂げた」という人物ではなかった。

 歴史にその名が残っているのは、剣の道において世間に名を轟かせるほど強かったからだ。なにせあの時代は、剣術において「強い」ということが何よりも価値があった。

 武蔵を有名にしたのは佐々木小次郎との「巌流島の戦い」だ。弱冠29歳の時だった。

 ところがそれ以降、武蔵は歴史の表舞台に出てこない。晩年に剣の極意を語る『五輪書(ごりんのしょ)』を記しているが、その間、武蔵は士官の道を求めて各地の大名を訪ね歩いていた。しかし、定職に就くことはなかったそうだ。

 時代は、戦国時代から泰平の時代に移っていた。武士は役人化・サラリーマン化していった。剣術の強さを誇るよりも社会的な権力を振るうようになっていった。武蔵が後世の人から尊敬され、その生き方が語り継がれてきたのは、そういう時代の流れに翻弄されることなく、剣の道をひたすら歩み、それまでの武器の一つに過ぎなかった剣を「精神化」して、後の「武士道」に大きな影響を与えたからである。

 ただ、歴史家の加来耕三さんは先日取材した講演の中でこう話していた。「武蔵は剣術に勝ち、時勢に負けた」と。
 
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 一方、武蔵と同世代で、同じく剣の道を極めていた石川丈山は、その剣術の強さを買われて徳川家康のボディーガードを務めていた。そのため彼は戦(いくさ)の最前線で活躍することがなかった。

 そして、ある事件をきっかけに彼は「もう剣の時代は終わったのではないか」と思い悩み、徳川家臣の身分を捨て、儒学の道に進んだ。

 その後、丈山は「文武両道に長けている」との噂が広まり、各所から士官の誘いがくるようになった。晩年は武蔵がどう願っても取れなかった300石を手に入れ、90歳まで生きた。

 加来さんは言う。

 「武蔵ほどの人間でも過去の実績を捨てることができなかった。しかし丈山はそれまでの生き方を180度転換させることができた。そういう人間が時勢に勝つことができるんです」

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 時代には大きな転換期がある。それを境に世の中の価値観が180度転換する。だから「転換期」という。たとえば、明治維新や1945年の終戦がそうだ。

 この「時」を境に日本人は生き方を180度転換させ、新しい時代に向かって歩み始めた。だからそれ以前の価値観を頑(かたく)なに持ち続けた人はものすごい生きづらさを感じたはずだ。

 近年でいえば1990年のバブル経済の崩壊である。それ以前の「イケイケどんどん」から「心の時代」という言葉が出てくるようになった。

 合計特殊出生率「1・57ショック」という言葉が登場したのもその年である。少子高齢化の高波が日本列島を襲い始めた。

 さらにその年、インターネットが普及し、世界と我が家が繋がった。

 時代が転換した後に訪れる新しい社会では、それ以前の価値観でいくら頑張ってもうまくいかないことが多々ある。

 加来さんの言葉が蘇る。

 「時代の変化を読み取って皆が自分の生き方を180度転換できるかというと、それがなかなかできるものではないのです。歴史を学んでいていつも難しいと思うのはここなのです」

(2006年1月1日号社説より)
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