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転載・過去・未来 2845号(2020/07/27)
その165 トイレの順番待ちの時に言うこの一言~現代人になくなってしまった「声かけ」

臨済宗僧侶/「南無の会」会長(当時/ 故人 松原泰道
 これは実際にあった話です。仙台にあるカトリック教会のシスターさんが所用で東京に出てこられ、用が済み仙台に帰るため上野駅で切符を買おうと自動販売機の前で財布からお金を取り出していた時でした。

 ホームレスの男が近づいてきて、「何か恵んでくれ」と言うわけです。

 シスターは嫌な顔ひとつせず、「ちょっと待ってください」と、財布を開けて中を見たんですが、切符を買うお金しかありませんでした。

 「ごめんなさい。これしかないんです」と言ったら、そのホームレスの男は財布の中を覗き込んでびっくりした。

 「ほぉー、これっぽっちしか持ってないのか。それじゃ弁当も買えないじゃないか。それなら俺のほうが金持ちだ。これ、あんたにあげるよ」

 そう言ってシスターに1000円札を渡そうとしたんです。シスターはびっくりして、「結構です」と断った。

 そしたらホームレスの男は、「いや、俺はあげると言ったらあげるんだ」と譲らない。シスターもホームレスからお金をもらうわけにはいきませんから、「いえ、結構です」と断る。それでもホームレスの男は「頼むからもらってくれ」と言う。

 そのうち2人の周りに人だかりができました。多くの人が見ていますから益々シスターはもらうわけにはいかなくなりました。

 そしたら野次馬の1人が「シスターさん、もらってあげなさいよ」と言いました。すると別の人も「そうだ、そうだ。もらってあげなよ」と言うんです。

 仕方なくシスターはホームレスの男から1000円を受け取りました。そしたらホームレスの男はとても喜んだんですね。

 たまたまそこに新聞記者がいまして、そのホームレスの男に感想を聞いたんです。

 ホームレスの男は、「俺は今までもらうことばかり考えていたけど、俺だって人様に施しができると思ったら生きがいを感じた」と答えたというんです。その話が新聞に載ったのです。

 人は何かのきっかけで人生観ががらっと変わることがあるんですね。どんな人でも「人間性」というものを持っている。その「人間性」を自覚することによって初めて自分を救い、その次に人様を救うことができるんです。

 まず私たちはそういう心を持っているということを信じてほしいんです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~


 現代人に一番なくなってしまったものが「声かけ」です。心の貧しさから言葉を発しなくなってしまいました。これはどういうことでしょうか。

 ある心理学者の先生が、「今の若い人がなぜ言葉を発しなくなったのか」ということを研究しておられます。

 そのきっかけは、先生がある日、1人の女子大生に「おはよう」と声を掛けたら、その女子大生から返事がなかったことでした。

 「君、何であいさつしないんだ?」と聞いたら、その子は「なぜですか?」と言う。

 「僕が『おはよう』と言ったんだから、君も何とか言ったらいいじゃないか」

 「何とか言わないといけないんですか?」

 「いい悪いじゃなくて、『おはよう』と言われたら、『おはよう』と返すのが基本的なマナーだ」

 「そうですか」

 「そうじゃなきゃ困るよ」

 そしたらその女子大生、「先生、質問してもいいですか?」と言いました。

 「先生は朝のテレビのニュースを見ていて、ニュースキャスターが『おはようございます』と言ったら、『おはようございます』と返されるんですか?」と聞いてきたんです。

 そういう考え方なんですね。つまり、一部の若い人たちは「テレビ」と「実際」とが混乱しているんです。

 その先生に言わせると、そういう人たちはあいさつをしないんじゃなくてできないんだ、と。

 なぜかというと、「人と関わりたい」という心がないからです。その心がなくなってしまったから、あいさつできなくなってしまったんです。

 だから私は「声かけ」をして、その心を取り戻したいと思っています。

 花を愛する人はよく花に声をかけますね。すると花の咲き方が違ってくるといいます。花でさえも人間の気持ちに応えようとするんです。

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 東京のある劇場に行った時、妻が休憩時間にトイレに行きました。案の定、行列ができていたそうです。トイレの順番待ちというのは結構皆さん真剣な顔をしています。その時も重苦しい行列ができていたそうです。

 その時、1人の中年女性の順番が来ました。するとその方は後ろを振り向いて、「お先に失礼します」と言って、ちょっと頭を下げたんだそうです。

 そしてその方がまた出てきた時、次の人に「お待たせしました」とまた声をかけたというんです。それを見て妻はいたく感動したんですね。

 そして、その場が急に明るくなって、並んでいる人たち同士でおしゃべりが始まり、さらにはお年寄りに「お先にどうぞ」と順番を譲る若い人まで出てきたというんです。

 みんな心の中では幸せになりたいんです。楽しい時間を過ごしたいと思っているんです。でも、誰かがその扉を開いてくれないと、その心が出てこないんです。

 私の中学の時の英語の教科書に「1人では何もできないが、1人が始めなければ何もできない」という文章がありました。

 1人では何もできません。みんな「誰かが始めたらやるんだけど…」という気持ちを持っています。その「最初の1人」になるということです。これを仏教用語で「菩薩」といいます。

 「菩薩」とは修行を意味します。観音菩薩、地蔵菩薩というのは仏道の修行者であります。誰でも「菩薩」になれます。

 「1人では何もできないが、1人が始めなければ何もできない」という時の、最初の1人になることを「菩薩になる」と申します。

 明日から声をかけるということにおいて、皆さん、菩薩になりませんか。「声かけ」は人々の心の中に眠っているものを呼び起こします。

(1999年5月24日号より)
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