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転載・過去・未来 2846号(2020/08/03)
その166 50から愛に向かって~「裏を見せ、表を見せて散る紅葉」

講談師/故人 神田紅葉
 末の子が小学校に入って育児が一段落したとき、「女優になりたい」という夢を持ちました。今までため込んできた思いや感情、楽しいこと、苦しいこと、悲しいこと、そういうものを思い切り表現したいと思ったのです。

 そんなあるとき、池袋の演芸場で観た神田紅(かんだ・くれない)先生の講談にすっかり魅了され、私は「講談師になろう」と決心しました。

 紅先生に、「弟子入りさせてください」と申し出ました。弟子を取るには、日本講談協会の他の先生方の了解が必要でした。

 私の年齢が相当問題になったようです。「その年で前座が務まるのか」「すぐやめるんじゃないか」と反対の先生が何人もいらっしゃいました。

 紅先生は先生方を説得され、ようやく入門の許しが出たのは明くる年の7月でした。私は50歳になっていました。

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 楽屋仕事を教えてくださったのは私の娘と同年代の「前座」の「お姉さん」です。最初に言われたことは「前座は人間以下だからね」でした。「二つ目」でようやく半人前、「真打ち」になって初めて一人前の芸人として認められます。

 修行の第一段階として言われたのは「いけないづくし」でした。

 「寄席関係の人に自分から自己紹介してはいけない」。そして「あいさつと返事以外、口をきいてはいけない」です。

 「一度教えてもらったら二度と聞いちゃいけない」「叱られたら素直に謝り、口ごたえしちゃいけない」などもありました。

 化粧も禁止です。これには困りました。若い女性ならともかく、私のすっぴんはお客さんにとって「お気の毒」です。そこで、眉とリップクリームだけはお許しをいただき、ファンデーションもずっとつけませんでした。

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 長女の最初の出産にも行ってやれませんでした。「前座」は自分の都合で寄席を休んではいけないのです。娘が退院した翌日、数日スケジュールが空いたのでやっと行けました。

 2回目の出産のときも娘に言いました。「ママは行ってやれないからね」と。

 娘は入院している間、子どもを預かってくれる人を探しました。でも、どうしても見つけられず、困って私に連絡してきました。

 迷った挙句、師匠に相談すると、師匠は「行ってあげなさい。他にも前座がいるから大丈夫」と言ってくれました。でも「前座」が娘の出産で休みを取るなんて前代未聞、異例中の異例のことでした。

 戻ってからが大変でした。「芸人としての意識が低い」など、たくさんの非難を受けました。私は「すいません」と皆さんに謝り、師匠も一緒に頭を下げてくださいました。

 そんな5年間の前座時代を終えて、今は「二つ目」になって3年目です(当時)。

 こんな言葉がございます。「裏を見せ、表を見せて散る紅葉」─。人間でも物事でも表と裏があります。表の美しい面ばかりでなく、裏の自分の弱みを見せてもなお人が尊敬してついてくる、そんな人間でありたいと思います。

 師匠に出会えたことを感謝し、師匠のように聴く人に元気を与えられる講談師になりたいと思って今も修行を続けています。

 (2009年2月23日号、3月23日号より)

 紅葉さんは「二つ目」昇進後、がんが発覚。抗がん剤治療を受けながら稽古を続け、2016年9月に戦後最年長となる65歳での「真打ち」昇進を果たし、翌年7月、ご逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
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