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転載・過去・未来 2851号(2020/09/14)
その171 看取り士~いのちを抱きしめることの意味

一般社団法人日本看取り士会 会長 柴田久美子
 「看取りを支えたい。最期は治療ではなく素手でいのちを受けとめたい」と思って私が選んだのが「看取り士」の道です。

 最期が近づくと、親族だけでお別れをします。人生の最後に「ありがとう」と言い合い、この世を去る。逝く者にも送る者にも大きな愛が与えられる尊い瞬間です。赤ちゃんの時に抱かれたように、抱いて腕の中で看取るのです。

 この旅立つ人を抱きしめて送ることの素晴らしさを教えてくれたのは母でした。

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 母は父亡き後、女手一つで私たち5人の子を育て上げました。私が「離島に移住して看取りの家を作りたい」と話すと、母は「それならば二つ約束してほしい」と言いました。

 一つは、「私の最期はあなたに自然死で看取ってほしい」でした。もう一つは、「家で死ぬと長年お世話になった兄嫁に負担がかかる。だから病院で死にたい」でした。

 私は島根県にある人口600人の離島に移り住み、そこでホームヘルパーとして働きました。そんなある日、母が倒れました。

 病院に駆けつけると診察を終えた先生がおっしゃいました。

 「延命を希望されますね?」

 私は、「母は自然死を希望しており、私が看取ります」と答えました。すると先生は、少し驚かれながらおっしゃいました。

 「では、連れて帰られますね?」

 「先生、母は病院で死ぬことを希望しています。空いている個室を一つ私に貸してくださいませんか」

 先生は困りながらも一部屋、用意してくださいました。その個室で、すでに意識がなくなった母と14日間、一緒に過ごしました。

 私は画用紙とマジックを買ってきて「頑張っている母に、『頑張れ』ではなく『大丈夫だよ』と声を掛けてください」と書き、母のベッドの上に貼りました。

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 そして私は母の肩を抱き、母の手をずっと握り続けました。

 食事をする間とシャワーを浴びる間だけ手を離し、代わりに近所に住む兄や姉、赤ん坊を抱いた姪に母の手を握っておいてもらいました。

 私たちはこれまで、その母の温かい手でどれほど体をさすってもらったことでしょう。

 母を抱きしめていると、まだ幼い頃、私のおむつを何度も何度も替えてくれた母の姿、産まれたばかりの私を見て「元気な赤ちゃんでよかった」と涙する母の姿が目に浮かびました。これまで受けてきた愛の数々を、私は次々と思い出していきました。

 「お母さん、私を生んでくれて本当にありがとう」

 このときほど母に、そして自分の誕生に感謝できたことはありませんでした。

 母は農家に嫁いだので、つらい日もたくさんあったと思います。それでも母は変わらぬ愛情を注いでくれました。

 「もっと生きて」「もう一度目を覚まして」と私は何度も願いました。しかしその願いは叶わず、私は母を病院のベッドで見送りました。

 そして、母を抱いて実家に帰りました。私は母との約束を果たし終えました。

 実家に着くと、今度は兄が母を受け取りました。「お母さん、軽くなったね。世話をかけたな」と言いました。

 その後、家の中で待つ妹、甥、姪、それぞれに抱きしめられ、母は死の床についていきました。

(2013年3月18日号、3月25日号より)

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