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転載・過去・未来 2856号(2020/10/19)
その175 「弁当の日」がやってきた!~そのとき、子どもの「生きる力」が目覚めていく

香川県綾南町立滝宮小学校元校長 竹下和男
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●「弁当の日」とは…子どもが自分でお弁当を作り学校に持っていく取組み。 何を作るかを決めるのも、買い出しも、調理も、弁当箱に詰めるのも、片付けも、すべて子どもがする。親も先生も、その出来具合を批評も評価もしないのが約束。

 2001年、香川県の滝宮小学校に赴任して2年目の4月のことです。私は保護者二百数十人が集まったPTA総会で「今年は『弁当の日』を始めます」と宣言しました。全国初の取組みです。

 その1か月前に、私は二人のPTA役員さんに「弁当の日をやろうと思います」と提案しました。5年生の女の子がいるそのお母さんは二人とも、同じ理由でこの実施に反対しました。

 「校長先生、うちの子は包丁もガスも触らせてはいません。火事になったら大変ですから。そもそも、お弁当を作るための早起きを子どもたちができるわけがありません」と言われました。

 切り傷程度ならまだいいですが、子どもが指を切断したり、家が火事になったり、そんな事故が起こったら、それはもうお金や言葉で償うことはできません。

 「けれど、誰かが勇気を持って決断しないと、子どもは絶対育たない」と思いました。

 「弁当の日」の第1回目は10月の第3金曜日でした。その朝、私は暗いうちに目が覚めました。

 家の2階の窓から校区を眺め、「もしかしたらこの中で火事になる家が出てくるかもしれない」と思いました。本当に怖ろしい時間でした。

 滝宮小学校が「弁当の日」を始めて、8年目に入りました(当時)。けれど、今までそういう事故は一切起きておらず、子どもたちは「弁当の日」を本当に楽しんでいます。

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 初日の朝、教室にやって来ると、クラス全員で弁当の見せ合いっこが始まりました。

 そのときの子どもたちの一番の関心事は、「本当に自分で作ったかどうか」です。なぜか?

 4月から半年間、一人で弁当を作れるように指導してきました。練習する時間も十分です。なのに、「自分は全て一人で弁当を作っていない。実はお母さんに手伝ってもらった」という後ろめたさを持っている子がいるんです。そういう子ほど友だちの弁当を綿密にチェックします。

 そして、「これはお母さんが作ってるな」と思うと、すーっと気が楽になるんです。

 そのうち、本当に一人で全部弁当を作った子に突き当たります。その子の弁当の見せ方、しゃべり方ですべてを察知し、心の中で「負けた~」と敗北宣言をするのです。

 「こいつは間違いなく全部自分で作ってる。それに比べて俺は、お母さんにご飯炊いてもらったし、買い物にも自分では行ってない。おかずも作ったのは卵焼きくらいだ」と。

 友だちに「自分で作った?」と聞かれたら、卵焼きを焼く場面を思い出しながら、「お~、作ったぞ」と言うわけです。でも後で、そんな自分を振り返って恥ずかしくなるんです。

 そして、間違いなく一人で弁当を作ってきた友だちの悠々とした態度にもショックを受け、「次は絶対全部自分で作るぞ。米も自分で研いで買い物も自分で行くぞ」と心に誓うわけです。

 子どもの「生きる力」が目覚めた瞬間です。

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 一回目にショックを受けた子たちは、二回目には全部自分で作るようになります。その子たちは、弁当の見せ方も変わります。

 まず、「全部俺が作ったぞ」と友だちに宣言します。すると自分で作ってきた別の子が、「俺も、全部」と言う。これは、「前回は一人で全部作っていない」という白状でもあるわけなんですね(笑)。

 でも、そんなことはどうでもいいのです。子どもが、「1か月前の俺とは違う。今回は全部俺が作り、お米も俺が研いだ」と、自信を持って答えられること、どう突っ込まれても堂々と答えられること、それが大事なんです。

 そして、一回目で全部自分で弁当を作った子が教室に5、6人だったのが、二回目は十数人に増えます。三回目になると、本気になる子どもたちはさらに増えていきます。

 「弁当の日」を「5年生と6年生で年5回ずつ」と設定したのはまさにこれが理由です。

 つまり、一回きりだったら親が作って終わり、です。それだと子どもの成長はあまり期待できません。でも2年間で計10回ありますから、その何回目かで「俺も全部自分で作れるようになろう」と思うようになるんですね。

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 ある時、子どもが作ってきた弁当が「巻きずし弁当」だったことがあります。

 そして弁当を見せながら、「作り方、教えようか?」と言うんです。これは「全部自分で作ったよ」という自信から来る言葉です。

 弁当を見せられた子は焦りました。そして家に帰って母親に訴えました。「大変だ! 〇〇君が巻きずし弁当持ってきてた」って。

 お母さんは、「それ、絶対親が手伝ってるやろう」と言いました。

 「母さん、〇〇君は絶対ウソつかないよ。僕も次の弁当の日には友だちを『あっ』と言わせたいからすごいおかず教えて!」

 お母さんはその言葉に、たらりと冷や汗を流したそうです。

 そんな弁当の日を8年続けていくうちに親世代の調理能力も上がっていきました。

 それまであまり台所に立たなかった親たちが台所に立ち始め、そして子どもはその親の横に立つ。これが「暮らしの時間」です。家族が共に衣食住に関わる時間です。

 子どもが作ってくれたお弁当を食べる時と、子どもが洗濯してくれた服を着る時とでは、明らかに弁当のほうが喜びが大きいです。弁当を作ることで家族がつながる場面がたくさんできる。

 私の狙いはそこでした。

(2008年11月24日号、2009年1月12日号~同年1月19日号より)


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