転載・過去・未来 2858号(2020/11/02)
その177 『かさじぞう』~二人はすでに幸せだったのです
絵本作家 川端誠
僕が最初に、「絵本の絵はこうじゃなきゃいけない」と思ったのが『かさじぞう』(文・瀬田貞二、画・赤羽末吉)です。僕は新潟県高田(現在の上越市)で育ちました。2メートルくらい雪が積もるので1階は雪に埋まります。だから雪の階段が必要です。雪国の独特な生活です。
その階段の描写の細かさを見た時、僕は、「赤羽さんは実際に自分の目で見てこの絵を描いたんだ!」と分かりました。それから、いろんなことが分かりました。
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『かさじぞう』に出てくるおじいさんは、「今日は笠を五つこしらえた」と自慢します。そして、「町へ行って笠を売り、正月の餅買ってくる。今年こそはいい年とるべな」と出かけます。
おばあさんは、「はいはい。火ぃたいて待ってるから」とおじいさんを送り出します。どうやらあまり期待していない様子です(笑)。
おじいさんは町にやって来ます。町は賑わっていますが、おじいさんは見向きもされません。そのことを表現するために、町の人たちの絵はみな背中です。
おじいさんのところにやって来るのは黒い犬だけ。なぜ黒犬か?白犬だと雪の中なので透明になっちゃうんです(笑)。
帰りは吹雪です。おじいさんはおじぞうさまに出会います。
おじぞうさまは6人、でも笠は五つです。絵を見ると、笠を被っていないのは右から2番目のおじぞうさまです。
これは、左から順番におじぞうさまに笠を被せていき、途中で「あ、足りない」と気づいたということなんですね。
こんな時、人は最後の帳尻を合わせようとするんです。だから4番目を飛ばして、5番目のおじぞうさまに笠を被せたわけです。実に人間臭い絵です。
でも、どうしても気が引けたおじいさんは、自分の笠を取って被せます。とてもほのぼのとしたユーモアのある場面です。
そして、おじいさんは家に帰ります。事情を聞いたおばあさんは怒りもせず、おじいさんを褒めるんですね。「おじぞうさまにあげてよかったな。そだらば、漬物ででも年をとるべ」と。そして二人はそのまま寝るんです。
その夜中、「よういさ、よういさ、よういさな」と、どこからか声が聞こえてくる。その声がだんだん近づいてきます。
正月用のお餅や魚や小判がどっさり詰まった荷物を、笠のお礼にと、おじぞうさまたちが持ってきたんですね。
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「それから二人は幸せになった」と絵本に書かれていますが、実は「それから」幸せになったわけじゃないんです。すでにおじいさんとおばあさんは幸せだったんです。
もちろん暮らしは貧乏です。でも「笠を五つもこしらえた」と自慢できたり、一生懸命作った笠が売れなくても怒られず、それをおじぞうさまにプレゼントするくらいの「おしゃれ心」を持っていたわけです。
そういうちょっとしたユーモアを楽しめる心や、少しでも前向きになれる面白いことを見つける心が幸せに生きるということだと思います。そんなふうに暮らしていた二人は、すでに十分幸せだったのだろうなと思うのです。
だから、大金をもらった時も、二人はそれほど大喜びしているようには描かれていません。そんなところにも赤羽さんの偉大さを感じて、私はとても感動しました。
見事な1冊です。赤羽末吉さん、50歳のときのデビュー作です。
(2009年8月3日号より)
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2858号