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転載・過去・未来 2869号(2021/02/01)
その182 スピリチュアルケア~「生きていてよかった」の言葉

飛騨千光寺住職 大下大圓
 『いい加減に生きる』(講談社)の中で「船越さん(仮名)」との関わりについて書きました。

 船越さんは43歳の時、車の事故で全身まひになりました。のどを切開して声も出せないので、会話はすべて文字盤で行います。

 目も見えて、耳も聞こえて、意識もはっきりしています。ただ、自分で体を動かせない。そんな状態で20年間ベッドの上で過ごしてきました。

 ある時、船越さんは言いました。「俺、こんな状態で生きとっても人間やない。死にたい」

 私は「あなたは死にたいと思うほどに苦しいんですね」と、船越さんの気持ちを言葉にしました。そして死にたい訳を聞きました。

 船越さんは、自分の気持ちを話し始めました。

 船越さんが43歳で事故に遭った時、まだ幼い子どもが二人いました。収入がなくなったので奥さんが働きに出ました。奥さんは子育てしながら親の世話もしなければなりませんでした。

 その二重、三重の苦しみのすべてを船越さんは理解していました。

 「母ちゃん、一人で苦労させてごめんな。子どもの入学式にも出てあげられない、ランドセルも買ってあげられない。こんな親父、生きていても意味がない。だから死にたい」

 船越さんのメッセージは、家族を思うがゆえの「死にたい」でした。

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 病院から許可をもらい、船越さんは一時帰宅しました。

 15年ぶりの我が家に、船越さんは涙、涙で、顔はグチャグチャ。

 隣の家のおじさんがやってきて、「お前、帰ってこれたのかよ~」と優しく声をかけました。

 近所のおばちゃんもやってきて、「あ~ら、あんた死んだんじゃなかったと?」と言いました。

 「なんて地域だ」と私は思いました。でも、だんだん分かってきました。船越さんとこの地域の人たちとは、船越さんが元気な時にそんな冗談さえも言い合える関係性があったのです。

 つまり、このおばちゃんの言葉の奥には、「あんたへの思いは、あんたが元気な当時とまったく変わってないよ」という気持ちがあるのです。これが地域の力です。

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 船越さんが「お寺に行きたい」と言われるので、うちのお寺の本堂に行き、みんなで一緒にお経を唱えました。

 船越さんは、「自分もこんなふうに祈られてきたんだなと思うと胸がいっぱいになった」と喜んでいました。

 体を触られていなくても「ケアされている」と感じられる。これが心のケア、スピリチュアルケアです。

 小さい時に囲炉裏のある家で育った船越さんのために、囲炉裏に火を焚いて昔を回想しました。

 「暗い中、母ちゃんが朝起きて、囲炉裏に火を焚いて、みそ汁を作って食べさせてくれた。大根のみそ汁、うまかったなぁ。父ちゃんが川で釣って食べさせてくれた、あの魚もうまかったなぁ」

 事故に遭ってから船越さんはずっとつらい日々でした。「でもこんな俺でも愛されていた」と、回想の中で自分との和解をされていきました。

 自己との和解は終末期において大事なケアの一つです。

 再び病院に戻っていく時、船越さんは言いました。「生きていてよかった。もっと生きたい」と。

 ちょっと前まで「俺は死にたい。こんな状態で生きていても人間じゃない」と言っていた船越さんがそう言ったのです。

 私たちは胸が震える感動の思いでその言葉を聞きました。

(2007年9月17日号から10月1日号より)

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