転載・過去・未来 2872号(2021/02/22)
その183 『会いたかった』を聴いてみて…
魂の編集長 水谷謹人
新宿で開催された「にんげんクラブ東京大会」に参加した。講演された㈱本物研究所代表・佐野浩一さんが、冒頭、アイドルグループ「AKB48」の『会いたかった』の歌を紹介した。歌詞にこんなフレーズがあった。
好きならば好きだと言おう
ごまかさず素直になろう
すごい歌詞だ。若い女の子が「好きなら好きと言おう」と盛り上がっている。「密かに思いを寄せる」なんて時代じゃなくなったのか。
そして、佐野さんは会場の中高年の参加者にこう言った。
「皆さん、この歌、めっちゃくちゃ売れているんですよ。たくさんの若者がこの歌を受け入れているんですよ」と。 もちろん、この歌が大ヒットしていることくらい知っている。
ただ若者向けの歌である。「我々大人が好きな音楽のジャンルは違う」と思っていた。
だから、佐野さんの次の言葉にハッとした。
佐野さんいわく、「僕はAKB48を通して娘を理解することができました」
どういうことか。
「我々中高年世代にとって興味もなく、じっくり聴きたいとも思わないあの歌やあのグループを受け止められないということは、あの歌やあのグループを好きで好きで堪らない若い世代も受け止めることができないのではないか」と、佐野さんは『AKB48』が大好きな娘さんと接しながら、ふと思ったというのである。
そして、「受け入れなくてもいいけど、受け止められないのはとてももったいないんじゃないか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~
この話を聴いた後、『会いたかった』という歌をじっくり聴いた。
この歌の向こう側にいる中学生くらいの子どもの「言葉にならない思い」に触れたような気持ちになった。と同時に遠い昔の、自分の中学時代を思い出した。
あの頃、フォークソングが若者の心をつかんでいた。思春期のど真ん中にいた我々は、ちょうど経済成長と受験戦争の狭間でうごめいていた。
何に反抗しているのかも分からず、何になりたいのかも分からず、どこに向かっているのかも分からなかった。
もやもやとした言葉にならない思いを抱きながらフォーク歌手のように髪を伸ばし、薄汚いジーンズを履いて、ギターを弾いていた。
そんな時代に、父親が言う言葉はいつも決まって「勉強しているのか?」だった。
あの時代の大人は、子どもが夢中になっているものに見向きもしなかった。若者の文化を否定する大人も少なくなかった。
もしあの時、父親が「なかなかいい歌だなぁ」とか「これは誰の歌なんだ?」とか「ギター、うまくなったな」などと一言でも言ってくれていたら、もっと父親とコミュニケーションができたかもしれない。
いつの時代も子どもは本当はもっと親とコミュニケーションしたいんじゃないか。でも、子どもが夢中になっていることを否定したり、無関心であったり、受け止めないでいることで、子どもは親とどんな会話をしても面白くないと思ってしまうんじゃないだろうか。
夢中になれるものを見つけた若者の目はキラキラしている。
佐野さんが言うように、その彼ら彼女らが夢中になっているものを受け止めないのは、もったいないと思えてきた。
(2011年3月7日号の社説より)
- その183 『会いたかった』を聴いてみて…
- その182 スピリチュアルケア~「生きていてよかった」の言葉
- その181 宇宙探査機ボイジャー~「彼は私たちの素敵な息子だった」
- その180 笑いと健康~「いい患者」になりましょう
- その179 社会からの無言の称賛を感じる感性
- その178 インターネットを開放した男~「地球存亡の危機じゃないか!」
- その177 『かさじぞう』~二人はすでに幸せだったのです
- その176 「べてるの家」のメッセージ~安心して絶望できる人生とは?
- その175 「弁当の日」がやってきた!~そのとき、子どもの「生きる力」が目覚めていく
- その174 「弁当事件」~雄大な阿蘇山が教えてくれたこと
- その173 神様のいたずら~自閉症の息子とうつの妻を抱えて
- その172 最高のチームの作り方~受験は個人戦ではなく団体戦
- その171 看取り士~いのちを抱きしめることの意味
- その170 納棺夫日記~すべてが輝いて見える別世界
- その169 エア・ジョーダンの裏話~魅力は一つに絞ったほうが伝わる
- その168 僕はこうして炭焼き職人になった!~名人たちから学んだのは、技術以上に生き方の素晴らしさでした
- その167 心の表現~短歌に表れる切ない気持ち
- その166 50から愛に向かって~「裏を見せ、表を見せて散る紅葉」
- その165 トイレの順番待ちの時に言うこの一言~現代人になくなってしまった「声かけ」
- その164 「お母さん、私と一緒にグレましょう」~困難から成熟していく家族
- その163 いじめのない学校をつくろう!~日本初、障がい児のための学校を創った夫婦の物語
- その162 たまゆらの音~川端文学が宮崎と出会った日
- その161 目標と目的を持て!~人は、誰かのためなら諦めない
- その160 『恋の高校総体に出るために』~素敵な人が現れたら素敵な恋愛ができますか?
- その159 ふれあいを求めて~私に生きがいをくれた言葉
- その158 つらい時もクスっと笑うために~寝る前に習慣にしてほしい、たった一つのこと
- その157 時勢に負けた宮本武蔵~時代の転換期に備えるべきこと
- その156 沖縄の長寿村を調査して~耳たぶマッサージと笑いとパロチン
- その155 いのちのバトンタッチ~「あ~ええ風が吹いてきた」
- その154 志村けんの影響力~「最初はグー」なら「最後もグー」
2872号