社説 2659号(2016/08/08)
もっと朝日を、もっとセロトニンを
魂の編集長 水谷謹人
現代人はとかく不健康だといわれている。心も身体も、そのバランスが壊れると「気」の流れが乱れ、次第に病に陥る。これがすべての「病気」の始まりである。昨年取材した愛光流氣光整体師の山本清次さんがそんな話をしていた。身体のことでいうと、健康診断の結果が芳しくないとき、保健指導を勧められ、受けてみると大概「運動不足」と「食生活」を指摘される。この二つが、それぞれバランスを欠くと目に見えて数値が悪くなる。
心の健康はどうだろうか。最近は、「目に見えない精神的なものと見えるものがつながっている」なんてことが、スピリチュアルな世界の話ではなく、医学の世界でも証明されている。たとえば、体内の神経伝達物質の一つ「セロトニン」が、心の安定や幸福感など、人間の精神面に大きな影響を与えているという。
セロトニンが不足すると、疲れやすい、ぼーっとする、やる気が起きない、集中できない、些細なことにイライラしたり、キレやすくなったり、落ち込みやすくなる。
それがさらに進むと、うつ病や不眠症などの精神疾患に陥ることにもなるそうだ。
セロトニン不足の原因は、第一に運動不足、そして昼夜逆転などの不規則な生活にあるらしい。この程度の知識ならインターネットで配信され、テレビのバラエティ番組でもやっている。
大事なことはその先にある。
今の長寿社会を支えている元気な高齢者の健康の源は、おそらく子ども時代の生活にあったのではないかと思う。
日本がまだ貧しかった時代、食べ物は乏しかったが、そのおかげで食べ過ぎて不健康になる子どもはいなかった。
そもそも食べ物というのは「少ない」よりは「あり過ぎる」ほうが問題である。知り合いの僧侶も話していた。「昔の坊主は食べられなかったことが苦しかったが、今の坊主は出されたものを食べなければならないことが苦しい」と。
そして、昔は運動不足ということがなかった。子どもは日の出と共に起きて親の手伝いをしていた。どこに行くにも歩かなければならなかった。
子どもの心身の健康の基本は、早起きして外に出て朝日を浴びる。これに尽きる。朝日を浴びるとセロトニンが分泌される。
普段、学校があるときは早起きし、歩いて登校する。この習慣が健康な心身をつくっていたが、夏休みになるとそれが崩れる。そこで昔の大人は夏休みでも早起きして体を動かす方法を考えた。それが朝のラジオ体操だ。しかも、嬉々として早起きできるようカードにスタンプを押し、それがたまると景品がもらえるようにした。先人の知恵である。
これが今、崩れ始めている。
先週、東京都の小学校の先生からこんな話を聞いた。夏休みに入る前、職員会議で校長から「この夏のラジオ体操は先生方に担当してほしい」と言われたという。ラジオ体操といえば、今までは子ども会の領域だったが、それが学校の領域に入ってきた。
つまり、こういうことだ。今や母親もフルタイムで仕事を持ち、特に都市部では通勤時間が1時間を越えるのは普通。そのため7時過ぎには家を出る。普通の日でも朝は忙しいのに、そこにきてラジオ体操の当番などやる余裕はない。一方、先生たちは、普段の日よりは比較的朝は余裕があるはずである。既に近隣の小学校では数年前から夏休みのラジオ体操は先生がシフトを組んでやっているという。
というわけで、子ども会の役員が校長に直訴してきた。校長はそれを受け入れた。
実は、問題はもっと奥にあった。随分前からラジオ体操は夏休み最初の1週間と最後の1週間だけ。そんな地域が全国的に広がっている。「ラジオ体操をやった」という既成事実をつくっているだけなのだ。
ラジオ体操の本質は、普段と変わりなく朝日の中で体を動かすことだ。子どもに朝日を浴びさせるのである。
昔の人はセロトニンのことは知らなかったが、子どもの心身の健康が朝つくられることは、知っていた。