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特集 詩が開いた心の扉①少年刑務所で出会ったやさしさあふれる子どもたち
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お好きなほうでお読みください。
≪PDF版≫


≪テキスト版≫
私が奈良少年刑務所で教育を担当することになったきっかけは、その刑務所で開かれていた矯正展に出掛け、受刑者の詩や俳句を読んだことでした。どれも繊細で、胸に迫る作品ばかりでした。
「この子たちは私が思っているような凶暴な犯罪者じゃない。今まで持っていた恐ろしいイメージと違う」というようなことを夫と話していたら、「そうなんですよ」と後ろから職員の方に声を掛けられたのです。
その方とお話をして名刺を渡し、「お手伝いできることがあればします」と言って、その日は帰りました。
半年経った頃、刑務所から電話があり、「寮さん、授業をしてくれませんか?」と言われたんです。「どういうことですか?」と聞いたら、「法律が変わったんです」と言われるのです。
それまで刑務所というところは、罪を犯した人に懲罰を与えるための施設だったのですが、法律が変わり、「教育をして社会に戻す」という更生教育施設に軸足が移ったんです。
「これで新しい事業ができるようになったから寮先生に童話や詩を使った授業をしてほしい」というお話でした。
私、ボランティアはしてもいいと言ったけど、まさか受刑者に直接授業をするとは夢にも思ってなかったので、「どんな罪を犯した子がいるんですか?」と聞いたら、「強盗・殺人・レイプ・放火・覚醒剤です」と。
それを聞いてちょっとたじろぎました。それで詳しい話を聞きに刑務所に行きました。
出迎えてくれた教育統括の女性が言いました。
「こんなことを言うと被害者の人に悪いのですが、ここに来ている子は加害者になる前は被害者だった子がほとんどです。虐待や貧困、いじめ、みんなつらい目に遭ってきた子なんです」
たとえば、日常的にお父さんから殴られ、「お前は人間のクズだ」となじられる。そういう子は「自分はダメな人間なんだ」と思い込み、自己肯定感がものすごく低くなっていくんです。そして「力で相手を屈服させる・させられる」、それが人と人とのコミュニケーションだと思ってしまいます。
レイプも「異常な性欲」と世間ではいわれていますが、根本にあるのは暴力です。虐待など暴力で支配されてきた子は、やがて暴力で相手を支配したくなるんです。そしてちょうど思春期と重なり、自分より弱いと思われる女性を力づくで自分の思い通りにする。そんなトラウマが引き起こすのがレイプ事件の根本にあると教わりました。
薬物もそうです。ひどい虐待やいじめを受けてきた子は、薬をやっている時だけ幸せになれることを覚え、どんどん薬に依存していくんです。単に遊び半分で薬をやって落ちていくわけではないんです。
最近は、発達障がいへの無理解があります。みんなはできるのに自分の子だけできない。それで親が「なんであなたはできないの! なんであなたは駄目なの!」と言葉で追い詰めてしまうんです。
もう一つは、今お話ししたケースとは逆で、経済的に裕福で、社会的地位が高い親の息子・娘たちが、親の過剰な期待に追い詰められて、大きな事件を起こしてしまうケースもあります。
暴力のある環境で育った子と、親の理想を押し付けられて育った子、どちらの子も豊かな愛情を受けていません。だから情緒や感情がうまく育っていないんです。
「そこをまず癒してあげないといけません。童話や詩を使って彼らの心を耕してやってほしいんです」と教育統括の女性は言われました。
「授業はどれくらいさせてもらえるんですか?」とお伺いすると、「月に一回」と言われました。「どれくらいの時間ですか?」「1時間半」です。「どれくらいの期間ですか?」「だいたい6か月から8か月くらい」と。
私は無理だと思いました。いくら童話や詩でも、それを使った授業を受けるだけで人を殺すところまで追い詰められてしまった子どもの心を何とかすることができるわけがない、と。
しかし、教育統括の女性は「どうしても」とおっしゃるんです。
「この子たちが社会でうまくやっていけるようになってもらわないと、刑務所を出た後、孤独になってまた追い詰められて、人に助けを求められなくて、そして怖い人たちからの誘いを断ることができなくて、また罪を犯してしまう。そんなことをしてほしくないんです。何としてもこの子たちには幸せになってほしいんです。それが次の犯罪を防ぐための一番よい手段なんです。ぜひともお願いします」と言われて、全く自信はありませんでしたが、その熱意にほだされて引き受けてしまいました。
それで、やってみたらこれがびっくりでした。最初の授業から変化があったんです。「こんな小さなことで?」と思うくらい、仲間から拍手をもらったり、感想を言ってもらうだけでどんどん変わっていきました。
第1期約10人の子たちに8か月やってみたら、やる前と比べてみんな全然様子が違うんですね。
でも「第1期はまぐれかもしれない」と思いました。18期までやりました。全部で186人を受け持ちました。中には重い罪を犯した子もいました。でも、186人の中で変わらなかった子はいません。みんな必ずいい方向に変化がありました。びっくりするぐらいです。
次回から具体的なお話をしていきたいと思います。
(傾聴ボランティア「なら」5周年記念講演にて/取材・清水大伸関西特派員、編集・水谷謹人)
【りょう・みちこ】東京生まれ。外務省勤務、コピーライターを経て1986年に毎日童話新人賞を受賞。2005年には『楽園の鳥』で泉鏡花文学賞受賞。翌年、古都に憧れ、奈良市に移住。絵本、詩、小説、自作朗読と幅広く活躍中。主な著書に『おおかみのこがはしってきて』『あふれでたのはやさしさだった』多数。
スマホでも読みやすいテキスト版(下)を載せています。
お好きなほうでお読みください。
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≪テキスト版≫
作家
寮 美千子
寮 美千子
私が奈良少年刑務所で教育を担当することになったきっかけは、その刑務所で開かれていた矯正展に出掛け、受刑者の詩や俳句を読んだことでした。どれも繊細で、胸に迫る作品ばかりでした。
「この子たちは私が思っているような凶暴な犯罪者じゃない。今まで持っていた恐ろしいイメージと違う」というようなことを夫と話していたら、「そうなんですよ」と後ろから職員の方に声を掛けられたのです。
その方とお話をして名刺を渡し、「お手伝いできることがあればします」と言って、その日は帰りました。
半年経った頃、刑務所から電話があり、「寮さん、授業をしてくれませんか?」と言われたんです。「どういうことですか?」と聞いたら、「法律が変わったんです」と言われるのです。
それまで刑務所というところは、罪を犯した人に懲罰を与えるための施設だったのですが、法律が変わり、「教育をして社会に戻す」という更生教育施設に軸足が移ったんです。
「これで新しい事業ができるようになったから寮先生に童話や詩を使った授業をしてほしい」というお話でした。
私、ボランティアはしてもいいと言ったけど、まさか受刑者に直接授業をするとは夢にも思ってなかったので、「どんな罪を犯した子がいるんですか?」と聞いたら、「強盗・殺人・レイプ・放火・覚醒剤です」と。
それを聞いてちょっとたじろぎました。それで詳しい話を聞きに刑務所に行きました。
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出迎えてくれた教育統括の女性が言いました。
「こんなことを言うと被害者の人に悪いのですが、ここに来ている子は加害者になる前は被害者だった子がほとんどです。虐待や貧困、いじめ、みんなつらい目に遭ってきた子なんです」
たとえば、日常的にお父さんから殴られ、「お前は人間のクズだ」となじられる。そういう子は「自分はダメな人間なんだ」と思い込み、自己肯定感がものすごく低くなっていくんです。そして「力で相手を屈服させる・させられる」、それが人と人とのコミュニケーションだと思ってしまいます。
レイプも「異常な性欲」と世間ではいわれていますが、根本にあるのは暴力です。虐待など暴力で支配されてきた子は、やがて暴力で相手を支配したくなるんです。そしてちょうど思春期と重なり、自分より弱いと思われる女性を力づくで自分の思い通りにする。そんなトラウマが引き起こすのがレイプ事件の根本にあると教わりました。
薬物もそうです。ひどい虐待やいじめを受けてきた子は、薬をやっている時だけ幸せになれることを覚え、どんどん薬に依存していくんです。単に遊び半分で薬をやって落ちていくわけではないんです。
最近は、発達障がいへの無理解があります。みんなはできるのに自分の子だけできない。それで親が「なんであなたはできないの! なんであなたは駄目なの!」と言葉で追い詰めてしまうんです。
もう一つは、今お話ししたケースとは逆で、経済的に裕福で、社会的地位が高い親の息子・娘たちが、親の過剰な期待に追い詰められて、大きな事件を起こしてしまうケースもあります。
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暴力のある環境で育った子と、親の理想を押し付けられて育った子、どちらの子も豊かな愛情を受けていません。だから情緒や感情がうまく育っていないんです。
「そこをまず癒してあげないといけません。童話や詩を使って彼らの心を耕してやってほしいんです」と教育統括の女性は言われました。
「授業はどれくらいさせてもらえるんですか?」とお伺いすると、「月に一回」と言われました。「どれくらいの時間ですか?」「1時間半」です。「どれくらいの期間ですか?」「だいたい6か月から8か月くらい」と。
私は無理だと思いました。いくら童話や詩でも、それを使った授業を受けるだけで人を殺すところまで追い詰められてしまった子どもの心を何とかすることができるわけがない、と。
しかし、教育統括の女性は「どうしても」とおっしゃるんです。
「この子たちが社会でうまくやっていけるようになってもらわないと、刑務所を出た後、孤独になってまた追い詰められて、人に助けを求められなくて、そして怖い人たちからの誘いを断ることができなくて、また罪を犯してしまう。そんなことをしてほしくないんです。何としてもこの子たちには幸せになってほしいんです。それが次の犯罪を防ぐための一番よい手段なんです。ぜひともお願いします」と言われて、全く自信はありませんでしたが、その熱意にほだされて引き受けてしまいました。
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それで、やってみたらこれがびっくりでした。最初の授業から変化があったんです。「こんな小さなことで?」と思うくらい、仲間から拍手をもらったり、感想を言ってもらうだけでどんどん変わっていきました。
第1期約10人の子たちに8か月やってみたら、やる前と比べてみんな全然様子が違うんですね。
でも「第1期はまぐれかもしれない」と思いました。18期までやりました。全部で186人を受け持ちました。中には重い罪を犯した子もいました。でも、186人の中で変わらなかった子はいません。みんな必ずいい方向に変化がありました。びっくりするぐらいです。
次回から具体的なお話をしていきたいと思います。
(傾聴ボランティア「なら」5周年記念講演にて/取材・清水大伸関西特派員、編集・水谷謹人)
【りょう・みちこ】東京生まれ。外務省勤務、コピーライターを経て1986年に毎日童話新人賞を受賞。2005年には『楽園の鳥』で泉鏡花文学賞受賞。翌年、古都に憧れ、奈良市に移住。絵本、詩、小説、自作朗読と幅広く活躍中。主な著書に『おおかみのこがはしってきて』『あふれでたのはやさしさだった』多数。










