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特集 詩が開いた心の扉②
絵本を読み終えたらもらえた拍手に小さな自己肯定感が芽生えた

≪PDF版≫



≪テキスト版≫
作家
寮 美千子


 奈良少年刑務所に入っていたのは17歳から25歳までの、重い罪を犯した子たちで、刑務所に入るのは初めてという子でした。

 暴力団などに関係した子はいません。みんな一人で犯罪にまで追い詰められてしまった子たちです。そういう子は更生の見込みが高いといわれています。

 今まで全国の少年刑務所で行なわれていた教育は、たとえば、「知能が高い子や勉強ができる子は更生の見込みが高い」ということで教育を施していました。

 ところが、私が担当した子たちは全く逆でした。学校教育の落ちこぼれというだけではなく、刑務所の中の生活にもついてこられない子たちでした。

 刑務所ではいろんな作業をします。その作業ができない、のろい、間違える、注意されても何を注意されているのかが分からない。それで他の子たちがイライラして、教官のいないところでその子をいじめるんです。そういう子たちでした。

 だから最初、教室に入った時、「あら?」と思いました。

 とても気が弱くて、先生にしがみついていたり、下を向いて全然声も出さない子だったり、目は宙を泳いでいて人の言うことなんか全然聞こえてない子だったり、独り言を言っていたり、この子は小学校低学年くらいじゃないかなと思うような、そんな子ばかりだったんです。

◆◇◆◇◆◇◆◇



 最初の授業で『おおかみのこがはしってきて』という絵本を使いました。

 これは北海道のアイヌのお父さんと子どもの対話本です。

 子どもがいろんなことをお父さんに質問します。

 最初の質問は氷の上を走っていたおおかみの子が転ぶのを見て、「ねぇ、どうして、ころんだの」と聞きます。そこから子どもは次々に質問をしていくんですが、お父さんは面倒くさがらずに一つひとつ優しく、丁寧に答えるんですね。

 まずひと通り最後まで読んだ後、二回目は二人の子に前に出てきてもらい、一人が「お父さん役」、一人が「子ども役」になって読んでもらいました。

 すると予想しなかったことが起きました。二人が読み終わった時、聞いていた子たちがみんなで二人に拍手をしたんです。
 その拍手を聞いた途端、二人の表情が変わったんです。あの子たちは今まで拍手なんかもらったことがなかったんだと思います。拍手だけで小さな自己肯定感が芽生えたんですね。

◆◇◆◇◆◇◆◇



 次々に二人ペアになってやってもらいました。

 「次は誰がやりますか?」と言うと、さっきやった子が手を挙げました。

 「君はさっきやったばっかりだよね」と言ったら、「さっきは子ども役でした。まだお父さん役をやっていません」と言うんです。

 私、その言葉を聞いて胸がいっぱいになりました。

 「たった1時間でそんなに意欲的になっちゃうの!」って。それくらい人から評価されてこなかったんだと思います。「砂に水が染み込むように」というのはこういうことなんだなぁと思いました。

 1時間半の授業が終わるとみんなすごくいい顔になりました。さっきまで交流不能と思っていた子たちが何となく和気藹々(わきあいあい)としてきたんです。

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