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特集 詩が開いた心の扉③
このクラスだけは 「指導しない」という指導でした

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作家
寮 美千子


 授業中、「僕、できません。無理です」と言った子がいました。

 その子に教官がこう言いました。「そうか。よく言ってくれた。できないならやらなくていいよ。やりたくなったらいつでも言ってね」と。

 そしたらほかの子が「え! そんなのありですか。だったら僕もやらなかったのになぁ」と口を尖らせました。

 そしたら教官がさっきの子にまた言いました。「君が『やりたくない』と勇気を出して言ったおかげで、『やらなくてもいい』という選択肢ができた。これでみんなすごく喜んでいると思うよ。ありがとうね」

 すると、授業が終わってからその子が教官のところに行き、こう言いました。

 「先生、僕今日初めて信用できる大人に会いました。今まで『やりたくない。無理です』と言うと、『何言ってんだ。みんなやっているんだからやらなきゃダメじゃないか。甘えるんじゃないよ』と叱られたり、『大丈夫だよ、君ならできるよ。頑張ってごらん』と励まされたりしてつらかったんです」と。

 ここが大事です。ときに励ましはつらいんです。

 「そうか、つらかったね。うん、うん」と傾聴した後、「でも頑張りましょう」と言ってはいけないんです。ただ寄り添うだけでいいんです。

◆◇◆◇◆◇◆◇



 1か月後の授業では『どんぐりたいかい』という絵本を使いました。6人のどんぐりが「この中で誰が一番偉いか」と競い合う、すごくコミカルで、愉快なお話です。

 本を読んだ後、札を6人分置いて「今度はこれをみんなでやります。好きな役を取ってください」と言いました。そしたら、その前の授業で「僕、無理です」と言った子が最初に札に手を伸ばしてくれたんです。それを見て涙が出そうになりました。

 「そうか、待てばいいんだ」「待ってあげることが大事なんだ」「待てば自分のほうから心を開いてくれる。伸びてくれるんだ」と思いました。

 これは6人でやる集団劇です。元々集団行動が苦手な子たちですから最初からうまくできるはずがありません。でも2回目、3回目とメンバーを変えてやっていくうちに、どんどん息が合ってうまくなり、自分たちで工夫すらするようになったんです。

 なぜそうなったのか。実はうちのクラスは「指導をしない」というのをモットーにしていたんです。「頑張りなさい」は禁句です。授業中に寝ている子がいると、「どうしたの? 具合悪いの?」と声を掛けるだけです。ふんぞり返って座っている子にも「ちゃんと座りなさい」とは言いません。

 私たちが伝えたいことは、「ここは君たちが出所した後に幸せに生きられるようにやっている教室なんだよ」

 「刑務所は厳しい所だけど、このクラスに来ている時だけは心を開いて自分の思いを語れるような場にしたいんだよ」ということでした。

 人は緊張して萎縮していると力は出せません。でも、リラックスしていると自分が持っている力以上の、すごい力を出すことができるんです。だからすごく息の合った劇ができるようになったんですね。

 この「指導しない」という指導、そんなことあり得ないと思うかもしれませんが、実は結構大事なことなんです。

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