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コラム 日本の宝物
野口雨情 二つの物語

≪PDF版≫
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≪テキスト版≫
詩人/ハーモニカ奏者
もり・けん

シャボン玉 詩:野口雨情 曲:中山晋平
七つの子 詩:野口雨情 曲:本居長世


童謡の中でも子どもたちによく歌われている「シャボン玉」は、童謡誌『赤い鳥』が創刊された大正7年(1918)の4年後に発表されました。

 実は、この詩ができる14年前の明治41年(1908)、雨情の長女ミドリ子が誕生しましたが、風邪をこじらせ生後8日で亡くなります。妻のヒロも雨情も深い悲しみに包まれ、この詩を発表するのに14年の月日がかかりました。

 詩の一連では、シャボン玉が屋根まで飛び、「こわれて消えた」といい、二連で「シャボン玉消えた、飛ばずに消えた、生まれてすぐにこわれて消えた」と結び、三連では、「風かぜ吹くな、シャボン玉とばそ」とくくっています。

 私は茨城県磯原に雨情のお孫さんで声楽家の野口不二子さんを訪ね、私のハーモニカで歌ってもらう機会が時々あります。

 彼女は三連を特に丁寧にゆっくり歌います。自著の『野口雨情伝』(講談社)には、こう書いています。

 「生まれては瞬間に消えていくシャボン玉。無心に飛ばすシャボン玉に、天高く舞い上がれと娘の命を託し、空に向かって子どもの夢がいつまでもすこやかにありますようにと、祈っているようです。(中略)そして『悲しいけれども人間はいずれ乗り越えられる。幸せになっていけるんだよ』と、喜びを破綻するものに対する抵抗が込められています。だからこの歌には希望も感じられるのです」

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 雨情は「シャボン玉」発表1年前の大正10年(1921)に「七つの子」を発表しています。

 磯原の街から10キロほど山奥の横川というところで、杉の苗木を育てる仕事をしていた時、そこに一羽のはぐれカラスが飛んできたそうです。

 雨情は、幼い息子の雅夫に尋ねます。

 「あのカラスはお父さんのカラスを探しているのか、お母さんのカラスを探しているのか、どっちだと思う?」 

 雅夫はその時、「父さんとの別れの日が近いうちにあるなあ」と感じたそうです。

 「カラスが、カーカーと鳴くのは『かわいい、かわいい』と泣いているのだ。カラスの別れも人間の別れも同じだから、悲しむのではないぞ」と、雨情は雅夫に言いたかったのではないか、と野口不二子さんから聞いたことがあります。それは雅夫が数え7歳の時でした。

 やがて本当に父との別れが来ます。父と一緒に植えた杉の木の生長を雅夫は何回も見に行ったといいます。

 童謡「七つの子」の原風景は、7歳だった息子との思い出がベースになっている。成人しても杉苗を植え続け、雨情との思い出を大切に守っていたのですね。だからこの詩はカラスの生態を言ってるのではないのです。

 また、この歌に添えられた絵が、親鳥が雛7羽に餌をやる絵はおかしいのです。カラスは多くても一度に5羽以内しか産まないのですから。

(日本童謡協会会員)
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