愛でしか変わらんとよ 2535号(2013/12/16)
その1 私はとっさに叫んだ。「先生はゴウが好きだからゴウのしたことを許さん。けんかはしてもいい。でも真っ正面からしい」
小学校教諭 香葉村真由美
私は、子どもたちに伝えたいことがたくさんあります。その中の一つが、「ありのままの自分を受け入れる」ということです。将来、何かの壁にぶつかったときに、「私はできる!」「僕はできる!」と自分で自分を信じられる人になってもらいたい。
そこで、参考にしたのが東京にある「てっぺん」という居酒屋の朝礼でした。大人たちが本気になって朝礼をしている姿を見たとき、この朝礼を子どもたちと一緒にしたいと思ったのです。
「朝礼を通して、その日の子どもたちの様子を知り、思いっきり声を出すことで自分の殻を破る力を一緒に身に付けていこう」
そんな気持ちから、元気な声で思いっきりあいさつをする朝礼を毎朝始めました。
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ある日のことです。ゆかちゃん(仮名)という女の子はいつもは元気がいいんですが、その日の朝礼ではなぜか元気がありませんでした。
私は朝礼が終わった後、ゆかちゃんのところに行き、「ゆかちゃん、どうしたの?」と聞くと、とても体調が悪そうでした。
「分かった。保健室に行こう」と言うと、「先生、私は保健室に行くけど、お母さんには絶対に言わないで」とゆかちゃんが言うのです。
「そう、分かった」と言って一緒に保健室へ行きました。
熱を測ると、38度ありました。
「ゆかちゃん、熱がある。お母さんを呼ばなきゃいけない」と話すと、「ダメダメ! 先生、呼ばないで」と頑(かたく)なに拒むのです。
「なんで?」と聞くと、「お母さんはね、私より仕事が大切なの。お母さん一生懸命働いてるでしょう。私がお母さんを呼んだら、お母さんは仕事を途中でやめて私を迎えに来なきゃいけない。だから先生、呼ばないで」と、7歳の女の子が言うのです。
私は子どもたちがいろんな感情を出したとき、まず全部受け止めるようにしています。
「そっか、そうなんだ。ゆかちゃんはお母さんに言って欲しくないんだね。でもね、きっとお母さんはお仕事よりゆかちゃんのことが大切だと思うよ。お仕事はきっとゆかちゃんのためにしてると思う。だから、先生はお母さんを呼ぶよ」と言うと、ゆかちゃんは「私のお母さんは私のことが大切なの?」と聞きました。「あたりまえだよ」と頷(うなず)くと、彼女は保健室の布団を頭からかぶってベッドの上でワンワン泣きました。
朝礼をしていなければ、ゆかちゃんが心に抱えているものに気付けなかったかもしれないと思いました。
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ゴウ(仮名)という男の子がいました。2年生のときまで髪の毛はモジャモジャ頭の金髪でした。授業を受けない。けんかを毎日する。トイレに行ったらトイレにこもって出てこない。
ある冬の日でした。長い廊下の向こうからゴウが歩いてきました。それが私とゴウの初めての出会いでした。ゴウの顔を見るとボクサーのように腫れていて、殴られたんだなとすぐ分かりました。手と足は肌色のところがなくて、全部紫色でした。
「ゴウ」と言うと、私から目を背けて「なん?」と彼は言いました。
「誰から殴られたの?」と聞くと彼は黙っていました。「お父さん?」と聞くと、「うん」と頷きました。
でも、彼は「お父さんが悪いんじゃない。僕が悪いんだ。僕が先生の言うことを聞かんけん、お父さんが怒って僕を殴った」と話しました。子どもはどんなときでも親をかばいます。
次の年度になりました。私は3年生になった彼のクラスの担任をすることになりました。もちろんそのときも金髪でした。
ある日、クラスメイトの子を後ろから思いっきり蹴っている彼を見ました。その瞬間、私は彼を引っ捕まえてグッと投げ飛ばしました。
彼は私を下からにらみ付けて「なんでこんなことをする!」と言いました。
私はとっさに叫びました。
「ゴウが好きだからよ! ゴウが好きだから先生は投げ飛ばしたんよ! ゴウが好きだから先生はゴウがしたことを許さん。なんでそんな卑怯なことをする! なんで弱い者いじめをする! けんかはしてもいい。でも真っ正面からしい。言いたいことがあるなら堂々と言いなさい! 先生はゴウがどんなに悪いことしてもお父さんには言わない。だから先生と2人でゴウの悪いところを直していこ!」
そこまで話すと、ゴウの目からみるみる涙が溢れてきました。「先生はお父さんには言わない?」と聞くゴウに、「言わない」と私が答えると、彼は声をあげて泣きました。
次の日、彼は金髪だった頭を坊主にしてきました。みんな笑いました。今までのゴウなら笑われると殴りかかっていったのに、みんなに笑われてゴウは嬉しそうでした。それから変わっていきました。クラスのリーダーとなって、私がいない時にはクラスをまとめてくれるまでになりました。
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彼は毎日、給食のナフキンとお箸を忘れてきました。私のクラスでは、ナフキンやお箸を忘れたら、私の肩揉み100回というルールになっているんです(笑)。子どもたちは「先生の肩揉みなんか恥ずかしくてできないよ」と言い、忘れないようにします。
けれども、ゴウは毎日忘れてきました。「また俺忘れたよ」と言いながら、ゴウはいつも私の肩を揉んでくれました。そのときがゴウとのお話の時間でした。
ゴウが「先生、僕はね、木刀で殴られてたんだよ。お父さんはすごく怖くて」とか、「僕はね、いつも悪い子だって言われてたんだ。みんなと一緒にいても真っ先に注意されるのはいつも僕なんだよ」など、今までにあったいろんなことを話してくれました。
「そうなんだ」と、私はゴウの話を聞きました。
ある日、ゴウのお母さんに会った時、「お母さん、毎日ゴウはナフキンとお箸を忘れてくるんですよ。だから毎日私の肩揉みをしてるんです」と話したら、お母さんが「え? 先生、お箸とナフキンは毎日私がゴウの鞄の中に入れてますよ」とおっしゃいました。彼はただ、私に話を聞いてもらいたかったんですね。
子どもたちはいろんな問題行動を起こします。けれども、表面的なことだけに目を向けることは、時に子どもたちを追い込むことになるのではないかと思うのです。何を感じ、考え、思っているのか。子どもたちを育てるとき、見えない心を思うことを私はもっとも大事にしています。
(鹿児島市で行われた「ご縁紡ぎ大学」主催の講演会より)
【かばむら・まゆみ】福岡市の小学校教諭。全国の先生を応援する「あこがれ先生プロジェクト」の講師。子どもたちと同じ目線で向き合うことで、子どもたちから教わったことを全国各地の講演で伝えている。2012年、草場一寿氏が監督したドキュメンタリー映画『いのちのまつり-地球が教室』に出演している。